全 情 報

ID番号 05680
事件名 療養補償費不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 札幌労働基準監督署長事件
争点
事案概要  英文タイピストとしてタイプ業務に従事してきた女子労働者のレイノー症候群の業務起因性が争われた事例。
参照法条 労働基準法75条2項
労働者災害補償保険法12条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 療養補償(給付)
裁判年月日 1972年3月31日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (行ウ) 1 
裁判結果 認容(確定)
出典 時報670号96頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
 原告には被告主張のような疾病があり、レイノー現象も単に両手指のみでなく両足趾にも認められたことはそのとおりであるが、A鑑定によると、高血圧症や胃障害を起す素因あるいは起していることがレイノー現象を起し易くする素因であるとは医学的常識からは積極的に判断しがたく、むしろレイノー現象を伴うある種の疾患では高血圧症や胃腸障害が二次的あるいは本態的に起り易くなることが充分考えられ、原告の高血圧症や胃障害は職業性頚肩腕症候群の背景要因とも随伴症状とも考えられる自律神経機能異常(原告の場合、頭痛、頭重、不眠、いらいら、発汗し易いなどの症状)の範ちゅうに入るものと解されること、二次性レイノー症候群においても足趾にレイノー現象が起ることがしばしばあり、足趾にもレイノー現象が起ったことをもって直ちに一次性レイノー症候群(レイノー氏病)と断定することはできないこと、またレイノー現象はリウマチ性関節炎には稀にしかみられず、リウマチス性関節炎の診断基準(どのような症状がそろえばリウマチス性関節炎と診断するかという基準)にはレイノー症候群は含まれていないこと、一方レイノー現象が起る以前に原告にみられた前認定のような各種の症状は職業性頚肩腕症候群と解せられるところ、右職業性頚肩腕症候群はキーパンチャーやタイピストの職業病として近時明らかにされてきたものであり、レイノー現象を伴うことがあること、リウマチス性関節炎はタイプライター作業とは無関係に成立する疾患であるが、原告の場合タイプライター作業に従事しなくともリウマチス性関節炎が発症したかどうかは医学的には証明できないにせよ、前認定のような原告のタイプライター作業の内容、程度からすれば原告にリウマチス性素因がなくとも職業性頚肩腕症候群が起ったであろうと判断することは労働衛生学的に充分根拠があること、そしてリウマチス性疾患がレイノー症状を伴う頚肩腕症候群の素因になっているとする客観的事実はなく、素因になっているということを医学的常識から推定する根拠はそれを職業的要因に起因するものと判断する根拠よりかなり薄弱であること、逆にリウマチス性疾患が頚肩腕症候群とくにレイノー現象を頻発するような自律神経機能異常によって発症あるいは増悪されたかも知れないと考えることは医学的常識に必ずしも反しないことがそれぞれ認められる。
 そして、以上の各事実に、前認定のごとく、レイノー現象が起る以前の原告の諸症状は、原告のタイプライター作業による肉体的、精神的負担が著しく増大した後にあらわれ、その負担の増加に伴って増悪してゆき、やがてレイノー現象の発現にいたったこと、原告のレイノー現象はタイプライター作業を中断して入院加療につとめた結果一応回復したものの、その後職場に復帰して間もなく再発したこと、一方原告のリウマチス性関節炎は原告にレイノー現象が発症した後にあらわれ、関節症状が治癒または寛解してもレイノー現象は殆んど改善されなかったこと、また《証拠略》によるとB病院において直接原告の治療にあたったC医師は、原告のリウマチス性関節炎とレイノー現象とは別個のものである旨の診断を下していることが認められること、A鑑定によれば、原告の右第五指(小指)末節はやや変形していてタイプ動作がうまくないため、本来第五指で打つべきキーを第四指で打つくせがあり、第四指はもともと運動性の悪い指であるにも拘らず作業負担が多くなるが、チアノーゼなどの病状がこの右第四指でもっともひどいことが認められることを総合して判断すると、原告は過重なタイプライター作業という職業要因に基づいてまず職業性頚肩腕症候群が生じ、その増悪によってレイノー現象を伴うにいたったと解するのが相当であ(る。)《証拠判断略》
 そうすると、原告のレイノー現象を伴う頚肩腕症候群と原告のタイプライター作業との間には相当因果関係があるというべきであるから、原告のレイノー現象を伴う頚肩腕症候群は業務上の疾病であると解するべきである。