ID番号 | : | 05719 |
事件名 | : | 公務外認定処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 地方公務員災害補償基金京都支部長(京都市消防署)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 消防署に勤務する消防職員が体力錬成訓練に参加中に脳動脈瘤の破裂により意識不明となり死亡した事故につき、公務災害でないとした地方公務員災害補償基金支部長の処分の取消が争われた事例。 |
参照法条 | : | 地方公務員災害補償法31条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等 |
裁判年月日 | : | 1990年10月23日 |
裁判所名 | : | 京都地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和58年 (行ウ) 15 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | タイムズ753号138頁/労働判例590号91頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 被告主張は結局「発症ないし増悪前の異常な出来事」すなわちアクシデントを要件として要求するものであるが、このようなアクシデントの存在は、相当因果関係の存在を判定するための一要素ではあるけれども、地公災法三一条等が補償の要件として、単に「公務上の死亡」等を挙げるのみで、現行法上、「発症ないし増悪前の異常な出来事」を必要とする規定はないので、被告の主張は実定法上の根拠を欠くものであるのみならず、現行労災補償制度が、沿革的に災害(施設欠陥、天災地変、第三者の行為等)のみにとどまらず、業務上疾病(災害性疾病と職業性疾病)をも併せて補償の対象としていることに照らすと、被災職員に基礎疾患がある場合であっても、その死亡が必ずしもアクシデントによって生じたものであることを要せず、死亡の原因となった負傷ないし疾病と公務との間に相当因果関係が認められる限り「公務上の死亡」と認定すべきであるから、被告の右主張は採用できない。 なお、公務災害と認めるのに必要な相当因果関係は、使用者である地方公共団体自身において、予見していた事情、及び健全な常識と洞察力のある者が認識し得た一切の事情を前提として、公務によって所属職員の疾病または死亡が生じたもので、即ち、公務なければ疾病、死亡がないといえる関係、または、それが公務に内在し又は通常随伴して生ずるものといえる場合など同種の結果発生の客観的可能性を一般的に高める事情にあると判断されることが必要である。 民法の不法行為では、事実上の因果関係と保護範囲ないし額の問題とを区別する必要が生ずるのに対して、地公災法上の死亡、疾病と公務の起因性においては、その保護の範囲ないし額は一定であって、公務起因性が認められる以上、その責任の範囲ないし額が一定率に法定されており、これに差異を設ける余地はない点で、不法行為の事実上の因果関係と異なる面があり、公務起因性の場合には前示のとおり、相当因果関係につき結果発生の客観的可能性の予見ないし予見可能性が必要であると考える。〔中略〕 前示の各事実判断に照らすと、発症当日の業務が施設活用訓練に参加し、低い気温の中で業務を行ない、帰署に際しても消防車に側乗し、寒気にさらされたとしても、当日の天候が晴れ時々曇り、気温は正午七・八度、午後三時七・五度、午後六時五・五度であって、極低温ではなかったし、施設活用訓練に参加し休憩時間が短かったとはいえ、それは失火建物の持ち主や通行人等を演ずる現示要員であって、極端な負担を要するものとはいえなかった。しかし、錬成訓錬の駆け足は周外走一〇周がそれなりの身体的な負担であり、自己の体調に合わせて実施できるものであって、競走ではなかったけれども、最後の一周一八〇メートルを全力で走ったものであること、Aがその駆け足の直後、倒れて嘔吐し、いびきをかいて眠り始めるなど、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の症状を示しており、脳動脈瘤破裂の機序として精神的ストレスなどによる一過性の血圧上昇が考えられるところ、この駆け足のような運動により一過性の血圧上昇が生ずるものであること〈証拠略〉、Aが倒れた直後搬入されたB病院で、血圧が二三〇/一三〇で高い血圧値を示していたことなどに照らすと、Aの脳動脈瘤破裂はその直前の体力錬成訓練として行なった駆け足によって生じたものと推認でき、他にこれを覆すに足る証拠がない。 しかしながら、他は前認定のとおり、当時満二五歳の青年男子で、当日までその健康状態に大きな異常がなく、定期健康診断によっても、人間ドックによっても血圧などに異常は発見できなかったのであるから、Aの本件脳動脈瘤破裂が前認定のとおり劇症型で、発症前に警告症状が発現していなかったというべきであるから、本件において、Aにすでに脳動脈瘤が形成されており、それが破裂寸前にまで拡大していたことを予見する客観的可能性を見出すことはできない。そして、本件体力錬成訓練による駆け足が、自主的に行なうもので周走回数や速度の指定もなく、訓練参加者は随時、自己の体力、体調に応じてこれを加減し、走行を中止することが自由にできるものであったことに照らすと、その走行前に厳密な身体検査をしてこれを予見すべきものとはいえないし、検証の結果によっても脳動脈瘤破裂の予防のための脳動脈瘤の事前発見方法につき最近若干の先駆的試案が発表されているがこれは未だテストの段階で、その方法が確立していないから、これを発見することは困難である。したがって、Aの本件脳動脈瘤破裂を事前に使用者である京都市が予見していたとか、またはこれを予見する客観的可能性があったと認めることはできない。 したがって、結局Aの脳動脈瘤破裂と公務との因果関係に相当性を欠き、その間に相当因果関係を認めるに足る的確な証拠がないから、これに公務起因性があるとは認められない。 |