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ID番号 05745
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 内外ゴム事件
争点
事案概要  被告会社の作業場で有機溶剤を含むゴム糊を使用する作業に従事していた労働者が、その間高濃度の有機溶剤の暴露を受けたため有機溶剤中毒にかかったとして損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1990年12月27日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (ワ) 1039 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 タイムズ764号165頁/労経速報1439号10頁/労働判例596号69頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 一般の私法上の雇用契約においては、使用者は労働者が給付する労務に関し指揮・監督の権能を有しており、右権能に基づき、所定の設備、器具、機械、作業場等の物的設備を指定したうえ、労働者をして特定の労務を給付させるものであるから、使用者としては、指揮・監督権能に付随する信義則上の義務として、労働者の労務給付過程において、物的設備から生じる危険が労働者の生命、身体、健康等に危害を及ぼさないようにこれを整備し、労働者の安全を配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負担していると解すべきである。〔中略〕
 (一)(1) 被告会社は、原告の使用者として労働安全衛生法、労働安全衛生規則等に定める義務を負っているが、前記認定にかかる同会社の本件作業内容から、同会社が有機溶剤中毒予防規則に定める義務をも負っている(有機規則一条一項)というべきである。
 (2) 右各規定は、いわゆる行政的な取締規定であって、右各規定の定める義務は、使用者の国に対する公法上の義務と解される。
 しかしながら、右各規定の究極的目的は労働者の安全と健康の確保にある(労安法一条参照。)と解するのが相当であるから、その規定する内容は、使用者の労働者に対する私法上の安全配慮義務の内容ともなり、その規準になると解するのが相当である。
 (3) 右見地から、本件において、被告会社は原告に対し右各規定の内容に則し次の具体的安全配慮義務を負っていたと認めるのが相当である。
 (イ) 原告の従事する本件各作業場内の有機溶剤曝露を最小限にするため、右作業場に所定の規模・機能を持った局所排気装置を設置すべきであった。(労安法二二条、二三条。有機規則五条、一四条ないし一八条)
 (ロ) 呼吸用保護具(防毒マスク)、保護手袋等適切な保護具を備えるべきであった。(労安規則五九三条、五九四条。有機規則三二条ないし三三条)
 (ハ) 有機溶剤の特性・毒性・有機溶剤中毒の予防に関し、安全衛生教育を実施すべきであった。(労安法五九条、労安規則三五条)
 (ニ) 適切な特殊健康診断を実施すべきであった。(有機規則二九条、三〇条)
 (ホ) 必要な作業環境測定を行い、その結果を記録しておくべきであった。(労安法六五条、同法施行令二一条、有機規則二八条)
 (ヘ) 有機溶剤の人体に及ぼす作用、その取扱い上の注意事項、これによる中毒が発生したときの応急処置等を作業中の労働者が容易に知ることができるよう、見やすい場所に掲示すべきであった。(有機規則二四条、二五条)
 (一) 原告が従事していた本件各作業場における局所排気装置の設置の有無・その規模・機能、同保護具の設備状況、有機溶剤の特性・毒性・有機溶剤中毒の予防に関する安全衛生教育の有無・その実態、被告会社が行った特殊健康診断の方法・内容、被告会社が行った作業環境測定の時期、その方法と内容、有機溶剤に関する所定事項の掲示の有無等については、前記二1ないし3において認定したとおりである。
 (二) 右認定各事実を総合すると、被告会社は、原告が本件各作業に従事中同人に対し負っていた具体的安全配慮義務に違反し、同人をして本件有機溶剤中毒に罹患せしめたというほかはない。
 よって、被告会社には、民法四一五条に則り、原告に対し、同人の被った後記損害を賠償する責任がある。〔中略〕
 労働契約上の安全配慮義務の抽象的内容については前記説示のとおりであるところ、その具体的内容は職場の内容、種類、地位、あるいは安全配慮が問題となる具体的状況等によって異なり、これに対応して、安全配慮義務の履行期間も、当然に一律に決せられるべきでなく、これが問題となる具体的状況等によって具体的に定められるべきである。したがって、被用者が、労働契約に基づく職務の履行を遂行するに伴って、生命、身体、健康等に対する侵害の現実的な危険を継続的に受けている場合には、使用者は、右危険に対して業務遂行ごとに新たな安全配慮義務を負うのではなく、被用者がその労働契約上業務遂行の地位にある限り、継続して一個の安全配慮義務を負担し、被用者も使用者の右安全配慮義務の履行義務に対応する安全配慮請求権を有すると解するのが相当である。右観点にしたがえば、使用者の継続的な安全配慮義務の不履行における時効期間は、被用者において使用者に対し右具体的安全配慮義務の履行を請求する余地のなくなった時点、すなわち、被用者が退職した日または当該業務を離脱した日から起算するのが相当である。蓋し、被用者が、特定の業務の遂行に付随して発生する危険に対する安全管理を怠り、被用者の健康被害あるいは損害を進行あるいは累積させたような場合には、使用者の安全配慮義務の不履行が、日々新たに発生するものと解することはできず、全体として一個の安全配慮義務の懈怠として把握すべきであって、被用者は、使用者に対し、前記安全配慮義務の履行義務に対応する安全配慮請求権を、退職した日または当該業務を離脱した日以前において有し、かつ、行使し得ると解するからである。
 これを本件についてみるに、被告会社の原告に対する本件安全配慮義務負担が継続的なものであり、同会社が原告に対し継続してその不履行に及んでいたことは、前記認定から明らかであり、それ故、原告の同会社に対する本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点も、同人が被告会社を退職した日、または本件有機溶剤を取扱う本件作業から離脱した日から起算するのが相当である。