ID番号 | : | 05763 |
事件名 | : | 雇用関係存在確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | JR東日本(大曲保線区)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 運賃料金割引券を用いて乗車券を購入し、これを第三者に譲渡したことを理由として懲戒免職処分を受けた旧国鉄の職員がその無効を争った事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法89条1項9号 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界 |
裁判年月日 | : | 1991年5月24日 |
裁判所名 | : | 秋田地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成1年 (ワ) 292 |
裁判結果 | : | 認容 |
出典 | : | 労働判例591号19頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕 軽重の差のある複数の懲戒処分が段階的に定められていて、その選択につき特に具体的基準が設けられていない場合、懲戒処分を行うかどうか、いずれの懲戒処分を選択するかについては、原則として懲戒権者である使用者の裁量に委ねられているものと解され、ただ、懲戒権者が右裁量権の行使としてした懲戒処分が当該具体的事情の下において、それが客観的に合理性を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて当該処分が権利の濫用として無効なものになるものと解される。 しかし、懲戒解雇処分は、懲戒処分の本来のねらいであるその不利益性のもつ抑止力によって再び同様な行為をしないよう当該労働者に対し将来を戒め企業秩序を維持するという点を越え、当該労働者を職場から永久的に排除するものであり、しかも当該個人の社会的信用の失墜と相まって事実上再就職も著しく困難となり、賃金の後払い的性格をも併有する退職金も支払われず、その意味で労働者の入社以来の労働実績を無に帰させるものであるから、労働者にとっては最も苛酷な処分であるといえる。このことは、今なお生涯雇用を通例とする我が国の労働事情の下では労働者にとってその不利益性はさらに増大する。したがって、企業が労働者の非違行為を理由として懲戒解雇を選択するについては、懲戒解雇が右のように当該労働者にとって最も苛酷な処分であることを念頭においた上で、他の市民法秩序とも照応しうるために格別の慎重さが必要とされ、そのような苛酷な処分を課せられても已む(ママ)を得ないような、言い換えればもはやそれ以下の軽い処分に付する余地がないような悪質重大な行為に対して選択されるべきものであり、使用者がその選択を誤り裁量権の範囲を逸脱したものと認められるときは、解雇権の濫用として当該懲戒解雇はその効力を否定されるべき筋合いである。〔中略〕 企業がその雇用する従業員に対し、どのような福利厚生の施策をもって臨むかは当該企業の具体的選択の問題であり、また、従業員がその福利厚生制度を利用するに際し、企業の定める規律に違反をした場合、企業がどのような懲戒処分でもって臨むかも第一次的にはまさに当該企業の裁量に属するものであること前述のとおりである。 しかし、或る規律違反行為に対し、当該従業員が当該企業に止まる形での懲戒処分ではなく、当該企業から排除する形で懲戒処分が選択された場合(解雇、なかんずく懲戒解雇の場合)、右懲戒処分は従業員の既存の権利を一挙に剥奪するのみならず、その者に物心両面に亘る深刻な打撃を与えることとなるのであり、それは当該労働者の側の人権との関わりの中で鋭い相克を生み出すことになる。そして、それは一企業の福利厚生施策を利用する者の規律違反に対する懲戒処分の選択という形ではあるけれども、単にそれだけに止まらず、当該労働者のその後の人生に対しても苛酷な人格的制裁の側面を帯びて来ざるを得ず、しかるが故に本来の職務行為の場におけるのではない規律違反行為を理由とする懲戒解雇の場合は、尚一層、全体市民法秩序に照らして、相当性の要件を充足することが必要となるのであり、この意味において企業の有する裁量の行使もある場合には制限を受けることになるのである。 被告は、右一連の経緯をもって本件懲戒解雇の合理性を基礎づけようとするが、右一連の経緯は、一労働者に過ぎない者にとってはどうしようもない旧国鉄の経営全般に亘る国民的批判が根底にあり、また、それぞれが当時の旧国鉄の置かれていた歴史的条件の下における諸々の多様な要因に起因するものであるから、これら全てを一労働者に過ぎない原告に対する処分の合理性の理由として持ち込むことには自ずから限界が存在する筈である。 なるほど、被告において、割引券の不正使用に敏感になることはそれなりに理解することができるけれども、不正使用の防止のためには、企業内での様々な施策が考えられ、また、解雇以前の処分によりその目的を達成出来ないわけではないとも考えられ、殊更に右一連の経緯を強調し、厳格な処分も当然であるとする被告の態度は、懲戒解雇が労働者に対して与える深刻な影響への配慮を欠くものと言わざるを得ない。 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕 本件不正使用は、いわゆる職場における不正行為の一つではあるものの、原告の職務行為そのものに関する非違行為ではなく、また、本件不正使用の動機、態様はいずれも原告において自己の利得を目論むというものではなく、乗車券等の購入方を依頼された親しい知人への一つの好意から敢行されたもので、その不法の意思も強いものとはいえないこと、また、本件不正行為により原告は格別の利益を得ているわけではない上、被告に現に与えた損害も総額一万円余の比較的軽微な経済的な損失のみであり、本件不正行為により被告に具体的な対外的な信用の低下を生じさせたことまでは認められないこと、その他、原告は三四歳で将来のある青年であるところ、これまで一〇年間以上にわたり概ね真面目に勤務してきたものであり、本件不正使用につき反省の情も窺えることなどの事情を総合勘案すれば、原告の本件不正使用に対しては、解雇以前のより軽い懲戒処分の選択によっても十分その目的は達せられたものと言わざるを得ず、本件懲戒解雇は、社会通念上原告に酷であり、著しく処分と原因たる行為との均衡を失したもので解雇権の濫用に当たるというべきである。 |