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ID番号 05884
事件名 債権差押命令申立事件/差押範囲拡張申立事件
いわゆる事件名
争点
事案概要  行方不明の債務者に対し、横領に基づく損害賠償債権を有する債権者が、債務者の給料および退職金の金額までの差押えを求めた場合につき、特段の事情のない限り、右差押えが許されるとされた事例。
参照法条 労働基準法24条
民事執行法153条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 直接払・口座振込・賃金債権の譲渡
賃金(民事) / 退職金 / 差押えと退職金
裁判年月日 1992年2月4日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ル) 2259 
平成3年 (ヲ) 4447 
裁判結果 認容(確定)
出典 タイムズ783号265頁/金融法務1347号29頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-直接払・口座振込・賃金債権の譲渡〕
〔賃金-退職金-差押えと退職金〕
 (1) 給与についての拡張の可否
 上記一の事実関係によれば、債務者は、昭和六〇年五月頃から行方不明となっており、その後現在まで第三債務者に対して給与の支払いを請求したことはない。このように債務者が相当期間にわたって給与の支払いを受けていないこと、及び債務者が給与の支払いを受けず他の財源から損害賠償金を支払っていることを考慮すると、債務者は、他に収入を得て生活を維持しているものと考えられる。そうすると、債務者の過去の時期の給与は、債務者の現在の生活を維持するのに必ずしも必要であるとはいえないものと判断される。
 そして、上記一の事実関係によれば、債務者に扶養されて生活を維持してきた者があったとの事実は、認められない。
 そうすると、他に差し押さえるべき財産のない本件では、請求債権の満足に充てるため、給与の全額まで、差押え範囲を拡張し、これを差し押さえることを許容するべきである。
 (2) 退職金についての拡張の可否
 上記一の事実関係によれば、債務者は、退職金についても、その支払いを請求していない。そして、労働基準法による退職手当の消滅時効期間は五年である(労働基準法一一五条)。一般的にいうと、退職金は、主として、労働能力が低下する老年期の生活を維持する必要から支払われるものである。したがって、債務者の現在の生活維持のために必要がないというだけでは、退職金に対する差押えの範囲を拡張する理由としては薄弱であるといわざるをえない。しかし、退職金が時効消滅するのであれば、消滅しないうちにこれを債権者への債務の弁済に当てる方が、債務者の債務も減少することとなって債務者の利益にかなうものといえる。そこで、時効期間の満了を間近に控えている段階以降においては、他に特段の事情がない限り、退職金についても差押えの範囲を拡張する合理的な理由があるものというべきである。
 本件においては、退職金債権の時効期間は経過しているものと判断され、また、差押えの範囲の拡張を否定すべき特段の事情も認められない。
 そこで、請求債権の満足に充てるため、退職金の全額まで、差押え範囲を拡張し、これを差し押さえることを許容することとする。