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ID番号 06028
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 伊勢市消防隊事件
争点
事案概要  市の消防署の消防士が耐寒訓練中の登山に参加して労作性狭心症による不整脈で死亡したことにつき、その遺族が市の安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1992年9月24日
裁判所名 津地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ワ) 518 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 タイムズ802号130頁/労働判例630号68頁
審級関係
評釈論文 伊藤誠基・労働法律旬報1355号38~41頁1995年3月10日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 3 右認定事実によると、被告消防本部としては、亡Aが長期の休暇を取るころから同人が心臓に疾患を有する者であったこと、職場復帰の際にはそれが完治しておらず、軽作業程度の勤務が可能であったことを認識していたものであり、更に同人の直接の上司であるBは、その後も亡Aの右疾患は完治しておらず、本件訓練も通院治療中であったことを認識していたのであるから、被告消防本部も組織体として右の事実を認識していたものと認めるのが相当である。
 そして、先に認定したとおり、本件訓練は厳寒期における登山であって、亡Aの担当職務(消防、救急業務)以外のものであり、しかも肉体的負担の大きいものであったから、心臓疾患を有する亡Aを本件訓練に参加させる必要性は認めがたいし、また、参加させた場合には不測の事態が発生する可能性もあったのであるから、被告消防本部は、同人に対し、本件訓練への参加を免除し、公務遂行の過程において、同人の生命、身体が危険にさらされないように配慮すべき義務があったのに、これを怠り同人を右訓練に参加させ、労作性狭心症による不整脈により同人を死亡させたものであるから、被告は同人の死亡による損害を賠償する義務がある。
 4 被告は、本件訓練によって亡Aが不整脈によって死亡することを予見することは不可能であったと主張し、その理由として、同人は、職場復帰後、外形上正常で、自宅から勤務先まで自転車通勤し、定期健康診断でも特別な疾病がなく、その際の問診でも狭心症で通院中であるなどの話をしておらず、昭和六二、三年の耐寒訓練でも何ら健康上の問題を生じなかったのであり、さらに、本件訓練に当たっては、事前及び直前に、被告消防本部から体調不調の者は申し出るように通知、注意がなされているのに、何らの申し出をしなかったことなどを指摘している。
 確かに、本件訓練の時点に限って考えれば、それまでの亡Aの外形や行動等から被告消防本部の予見可能性としては、被告の主張のようにいえなくもない。しかしながら、前記3で認定説示したように、被告消防本部は、亡Aの職場復帰の際には、同人の労作性狭心症が完治していないことを認識していたのであるから、本件訓練による同人の不整脈による死まではともかくとして、同人に負荷の高い運動をさせれば、心臓発作等により不測の事態が発生する可能性を予見することは可能であったと認められる。しかも、前記認定事実によれば、職場復帰後も個々の職員には亡Aがニトログリセリン舌下錠を服用するなど同人の病歴を認識していた者が少なからずいたことが認められることも考慮すると、被告消防本部には、亡Aの職場復帰後、労務管理の一環として継続的に同人の健康状態を把握する義務があったにもかかわらず、その義務を尽くさなかった故に、本件訓練の時点では、被告の主張のような予見可能性になってしまったのである。すなわち、もし被告において、亡Aに対して継続的な健康把握義務を尽くしておれば、本件訓練の時点で亡Aが労作性狭心症による不整脈で死亡する事態を予見することも決して不可能ではなかったのである。そうすると、被告の主張は、予見可能性の時点を限定しすぎているのみならず、自己に要求される義務を果たさなかった結果として、予見可能性がなかったと主張しているに等しく、論理が逆であり、その主張は採用できない。