全 情 報

ID番号 06031
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 吉村など事件
争点
事案概要  会社に対する批判的言辞を理由として懲戒解雇された労働者が、同社とともに原告が六年間勤務したことのある同社の系列会社を相手として懲戒解雇の無効確認、会社都合による退職金の支払等を求めて訴えた事例。
参照法条 労働基準法11条
民法536条2項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 無効な解雇と賃金請求権
裁判年月日 1992年9月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 10231 
裁判結果 一部認容
出典 労働判例617号31頁/労経速報1484号8頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 本件解雇について判断するに、原告が被告Y会社における勤務につき不満をもっていたことが窺われないではないが、被告ら主張のような撹乱行為を行ったことは、これを認めるに足りないから、その余の点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇には理由がない。したがって、本件解雇が効力を生ずる余地はないから、被告ら主張の退職金不支給条項の適用がないことは明らかである。
〔賃金-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
 1 原告は、本件解雇がなければ少なくとも本件解雇後一年間は被告Y会社に勤務を継続し、その間の賃金の支払を受け得たはずであるとして、平成二年度の被告Y会社からの所得に相当する損害があると主張する。
 理由のない解雇がなされ、それが労働者に対する不法行為を構成する場合、当該労働者が使用者に対して被った損害の賠償を求めることができるのは当然である。そして、解雇の意思表示がなされ、使用者が労働者からの労務の提供を拒否するに至れば、賃金が支給されない状態が生ずることは見易い道理である。そこで、このような場合における解雇と賃金の支給がない状態との関係を考えてみると、当該解雇がなければ当該賃金不支給状態が起こらなかったであろうという意味では、解雇と賃金不支給との間には条件的な因果関係が一応認められるかのごとくである。しかしながら、賃金は、雇用契約に基づく労働者の義務の履行、すなわち、労務の提供に対する対価として支払われるものであるから、使用者が違法な解雇の意思表示をして労働者による労務の提供を受けることを拒否する態度を明確にした場合であっても、労働者が賃金の対価たる労務提供の意思を喪失するなどして使用者の労務受領拒否の態度がなくなっても労務を提供する可能性が存在しなくなったときには、賃金不支給状態が当該解雇を原因とするものとはいえないことになるのであり、その場合は、当該賃金不支給状態は当該不法行為と相当因果関係のある結果とはいえないことになると解される。
 ところで、一方、当該解雇が不法行為を構成する違法なものであって、また無効と解される場合には、当該労働者は、解雇無効を前提としてなお労務の提供を継続する限り、賃金債権を失うことはない。この場合には、当該労働者は賃金請求権を有しているのであるから、特段の事情のない限り、右賃金請求権の喪失をもって損害とする余地はないことが明らかである。他方、当該解雇に理由がない場合であっても、当該労働者がその解雇を受け入れ、他に就職するなどして当該使用者に対し労務を提供し得る状態になくなった場合には、前示のとおり、賃金が支給されない状態と違法な解雇との間には相当因果関係がないから、賃金相当額をもって、直ちに違法解雇がなければ得べかりし利益として、その賠償を求めることはできないことになる。
 これを本件についてみるに、原告が本件解雇の効力を争って被告Y会社に対する自己の雇用契約上の地位を主張した形跡はなく、むしろ、原告が同被告に愛想を尽かせて確定的に他に就職したことは原告の自認するところであり、そうであれば、原告の同被告に対する労務提供の可能性は少なくとも、右就職の時点で失われたものといわなければならず、他方、右就職までの間、原告が、本件解雇が無効であるとして同被告に対する労務提供を継続していた期間が存在したとしても、その期間については、賃金請求権があるものというべきであるから、いずれについても賃金請求権の喪失を理由とする賃金相当額の賠償請求は失当である。