全 情 報

ID番号 06093
事件名 公務外認定処分取消請求事件
いわゆる事件名 地公災基金東京都支部長(駒場高校教員)事件
争点
事案概要  高血圧症の基礎疾病をもつ高校教諭が遠泳実習参加中の点呼・訓示中にくも膜下出血により死亡した場合につき、公務外とした地公災基金支部長の処分が適法とされた事例。
参照法条 地方公務員災害補償法45条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1987年6月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (行ウ) 66 
裁判結果 棄却
出典 労働判例500号64頁
審級関係
評釈論文 遠山廣直・昭和62年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊677〕386~387頁1988年12月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (一) 地方公務員災害補償法に基づく補償を請求するには、その補償の請求の原因である災害(本件においては疾病)が公務により生じたものであることを要するところ(同法四五条一項参照)、右にいう災害が公務により生じたとは、災害と公務との間に相当因果関係のあること(公務起因性)が必要であり、この災害と公務との間の相当因果関係の存在の立証責任は、補償を請求する側(本件においては原告)にあるものと解するのが相当である。
 そして、本件の場合には、Aの公務の遂行と本件疾病発症との間に相当因果関係のあることが必要であるが、右の相当因果関係があるというためには、必ずしも公務の遂行が本件疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、恒麿の有していた病的素因や既存の疾病が本件疾病発症の条件となっている場合であっても医学上の経験則に照らして、公務の遂行がこれらを急激に増悪させて本件疾病発症の時期を早める等共働原因となって本件疾病を発症させたと認められる場合には、原則として相当因果関係があるものと解するのが相当である。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 (二) 右に述べた観点から、Aの公務の遂行と本件疾病発症との間に相当因果関係があるか否かを判断する。
 前判示一及び二の5の(一)のとおり、本件疾病は、Aの左前大脳動脈基始部A2の部位に発生した嚢状(Saccular)動脈瘤の破綻により生じたくも膜下出血による脳症であるところ、Aの脳動脈瘤の発生自体に公務の遂行が寄与したのか否か、また、寄与したとした場合の寄与の程度については、これを明らかにする証拠は存在しない。
 前判示二の4及び5の各事実を総合すれば、Aは、昭和三三年ころ高血圧症と診断され、本件疾病発症の約一年前である昭和五〇年七月まで投薬治療等を受けていたものであるところ、昭和四二年三月に頚部硬直が疑われ、更に昭和四九年二月に右不全麻痺の治療のために入院し、その際、脳血栓である旨の診断を受けたが、既にこの時期には、同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性は相当に進展しており、昭和五一年七月一三日に遠泳実習に参加したときには、脳動脈瘤がいつ破綻するかわからないという状態になっていたものと推認するのが相当である。しかも、Aは、約一八年にわたる高血圧症を基礎疾病として有していたのであるから、同日には、脳動脈瘤の破綻によるくも膜下出血発症の高度の危険性を帯有した状態で遠泳実習に参加したものということができる。
 そして、前判示二の3及び4の各事実を総合すれば、Aに脳動脈瘤が発生してから遠泳実習に参加する前日である昭和五一年七月一二日までの公務の遂行に基づく精神的緊張又は身体的負担が同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性の進展に全く影響を与えなかったとはいえないものの、高血圧症という基礎疾病を主たる基盤として、公務の遂行及び私生活上の諸要因が相互に影響を与え、一体となってその進展に寄与したものと考えるのが相当であって、公務の遂行がその進展を著しく促進したものということはできない。
 また、本件疾病発症当日のAの公務遂行の過程を見ると、前判示二の1及び2のとおり、重量四〇ないし五〇キログラムのボートを引き上げる動作、海上でボートのオールを漕ぐ動作、勾配一二ないし三〇度の坂道を登る動作、正座から立ち上って生徒に対して開校式の訓示を述べる動作等Aの血圧を上昇させ、血圧の変動を大きくする行為が数回にわたって行われており、これらの行為がAの脳動脈瘤を破綻させる最後の引きがねになったことが推認できる。しかし、前記のように同人がいつ破綻するかわからない状態にある脳動脈瘤という病的素因を有しており、かつ、約一八年にわたる高血圧症という基礎疾病を有していたこと、及び、脳動脈瘤の破綻は家庭や職場において日常的な動作をしている際や就寝時においてさえも発生することを考慮すると、医学上の経験則に照らして、本件疾病発症当日の公務の遂行が、同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性を急激に促進させて破綻に至らしめたもの、すなわち同人の有する病的素因及び基礎疾病と共働原因となって本件疾病を発症させたものと認めることはできない。
 したがって、Aの公務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係があるものと認めることはできない。