ID番号 | : | 06133 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | さくら銀行事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 株券を数えるなどの銀行業務に従事していた者が手根管症候群に罹患したとして損害賠償請求をした場合につき、過度な負担をかけないようにする安全配慮義務違反が認められるが、業務と疾病との間には因果関係はないとされた事例。 |
参照法条 | : | 民法415条 民法710条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 |
裁判年月日 | : | 1993年3月25日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和62年 (ワ) 11523 |
裁判結果 | : | 一部認容・棄却(控訴) |
出典 | : | 時報1458号100頁/タイムズ812号211頁/労働判例628号6頁/労経速報1496号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 良永彌太郎・法律時報66巻11号82~85頁1994年10月 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 三 原告の業務と各症状及び疾病との間の因果関係 1 前記一認定の原告の業務内容を検討するに、昭和三九年一〇月ころから昭和四六年六月ころまでの原告の日本橋支店における業務の内容・形態・程度は、前記一認定のとおりであり、株券等の運搬作業を除き、いずれも、手や手首の動作が比較的単純かつ反復継続するものであり、なかでも株券や債券を数える作業は、証券を把持したまま手首を繰り返す動作を必要とするものであって、原告はこれらの作業に従事し、そのため、一日のうち数時間にわたって、手指や上肢、肩に一定の負荷を継続的に受けていたことが窺われるところ、前記二の認定事実及び《証拠略》を総合すると、昭和四五年八月一七日から受診していた医務室整形外科における原告の主訴は、日によって異なり、ときとして軽快して症状がみられなくなった時期があるものの、概ね、両手、両肘、左肩を中心とした痛みであり、他にその原因があったとの客観的証拠がないことからすれば、原告の主張する前記諸症状(第二の一3)のうち右の症状(両手、両肘、左肩を中心とした痛み等、以下「本件各症状」という。)は原告の右業務に起因していると認めるのが相当である。 2 しかし、《証拠略》によれば、手根幹症候群とは、正中神経が手根骨隆起と横手根靭帯によって形成される手根管の部位で圧迫(絞扼)を受けるために生ずる正中神経の機能障害であり、普通、夜間突然発症し、痺れを伴った疼痛があり、しだいに手首から腕の方へ放散するようになるとされ、その発症原因として、手首を繰り返し曲げ伸ばしするなどの作業で腱や神経自体が摩擦することによって神経が圧迫されると発症するとされ、職種別の愁訴率につき、「何か物をにぎって、手首を上下方向(掌背方向)に繰り返し動かす動作」や「何か物をもって、手首を(掌側へ)強く曲げる動作」が有意に関連しているとの報告もあるが、他方、《証拠略》によれば、手根管症候群は、男性より女性に多く、また、閉経時期以降の中年女性に発症することが多いとされ、妊娠中や分娩後に症状がでることがあることなどから、女性ホルモンとの関係が指摘されているほか、職業性の原因によるものと考えられる以外にも日常的によくみられるとされ、治療としては、腱鞘炎などによる場合は安静、ステロイドホルモン剤の局所注入などで治療する場合もあるが、横手根靭帯を切離して正中神経の減圧をはかると、非可逆的な変化がすでに起こっている場合以外は一般に速やかに軽快するとされている。したがって、原告の罹患した手根管症候群と日本橋支店における業務との間の因果関係を判断するには、その業務の内容・形態・程度と右疾病の発症時期、態様及びその経過等を総合的に考察して判断することが相当である。 ところが、原告は、昭和四六年六月ころ、Y銀行本店人事部に異動してからは、使送、文書整理、コピー作業を中心とした軽作業に従事していたのであり、このころから手指、上肢への負担は格段に減少していると考えられるところ、証人Aは、原告の手根管症候群等はもっぱら原告の加齢(昭和三年一〇月一八日生、昭和四七年二月現在四三歳)によるホルモン代謝異常に基づくものである旨証言していること、Y銀行(被告)内で原告のほかに手根管症候群に罹患した者がいたとの証拠もないこと、原告の症状は、原告がY銀行本店人事部に異動した後である昭和四六年八月三〇日、一旦顕著な軽快をみせた後、事務量の軽減とは逆に増悪し、昭和四七年二月一五日にいたり、社会保険中央総合病院整形外科において、手根管症候群と診断されていること等からすると、原告の主張する前記諸症状(第二の一3)のうち、原告が手根管症候群に罹患したことはもとより、原告が、Y銀行本店人事部に異動してから後の症状についても、原告の業務との間に因果関係を肯定することは因難であって、他に右因果関係を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。 3 原告は、日本橋支店における業務と前記諸症状(第二の一3)のうち右母指中手基節間関節変形性関節症、右デケルバン氏病、右母指狭窄性腱鞘炎、右橈骨神経麻痺との間にも因果関係がある旨主張しているが、これらの疾病が発症したのは、前記のとおり、いずれも原告がY銀行本店人事部に異動してその担当する業務が格段に減少した後であり、前判示の手根管症候群についてと同様、右業務と各症状との間の因果関係を認めるのは困難であり、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。 したがって、本件各疾病による原告主張の後遺障害等についても日本橋支店における業務との間にも因果関係を認めることはできない。 四 被告(Y銀行)の安全配慮義務違反 原告は、前記のとおり、昭和四五年八月一七日から継続的に医務室整形外科において受診し、本件各症状等を訴えていたところ、Y銀行としても、原告の直接の上司等を通じ、右事情を知りうる立場にあり、かつ、原告の日本橋支店における業務の内容が、手指や上肢、肩に一定の負荷を継続的に与える性質のものであることは、その業務の態様・性質から容易に窺うことが可能であるところ、Y銀行としても、適切な人員配置をするか作業の機械化を図るなどして、原告に過度な負担をかけないようにする安全配慮義務があったというべきであり、それにもかかわらず、原告をして昭和四六年六月ころまでの間、前記業務に従事させていたのであるから、被告(Y銀行)は、原告の本件各症状の発生について、安全配慮義務違反があったというべきであり、後記五記載の損害を賠償する責任がある。 |