全 情 報

ID番号 06298
事件名 遺族補償年金給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 名古屋南労基署長(矢作電設)事件
争点
事案概要  高血圧症の基礎疾病を有する溶湯管理機器メーカーの取締開発部長が初めての海外出張たる韓国出張中に、夕食会の終了後に倒れて死亡したことにつき、遺族が業務災害に当たらないとした労基署長の不支給処分を争った事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法12条の8第1項
労働基準法75条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 1994年8月26日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (行ウ) 9 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働民例集45巻3・4合併号247頁/タイムズ860号167頁/労働判例654号9頁/労経速報1541号15頁
審級関係
評釈論文 加藤智章・ジュリスト1061号124~126頁1995年2月15日/西村健一郎・平成6年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1068〕200~201頁1995年6月/西尾弘美、竹内平、水野幹男・労働法律旬報1347号16~22頁1994年11月10日/保原喜志夫・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕118~119頁1995年5月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労基法及び労災保険法による労働者災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生ずる危険性を有する業務に従事する(労働)者について、右業務に内在ないし随伴する危険性が発現し、労働災害が生じた場合に、使用者の過失の有無にかかわらず、被災(労働)者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあるものと解される。そして労基法及び労災保険法が労災補償の要件として、労基法七五条、七九条等において「業務上負傷し、又は疾病にかかった(死亡した)」、労災保険法一条において「業務上の事由により」と規定するほか、何ら特別の要件を規定していないことからすると、業務と死傷病との間に業務起因性があるというためには、当該業務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつこれをもって足りるものと解するのが相当である(最判昭五一年一一月一二日・集民一一九号一八九頁参照)。そしてこの理は本件脳出血のような脳血管疾患及び虚血性心疾患等の非災害性の労災に関しても何ら異なるものではない。
 したがって、業務と結果発生との間に合理的関連性ないし条件関係があれば足りる旨の原告の主張は採用できない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 労基法七五条二項が業務上の疾病の範囲を命令で定めることにした趣旨は、業務上の疾病に関する相当因果関係は傷害の場合ほどに明確でないため、その点を命令で明らかにしようとしたことにあるのであって、これにより相当因果関係の認められる範囲を拡張したり、制限しようとしたものではないというべきである。また、「その他業務に起因することの明らかな疾病」の認定に関する新認定基準についても、それはあくまで下部行政機関に対する運用のための通達であって、行政の適正、迅速処理のための判定基準を示したものにすぎないものであるから、相当因果関係の存否の判断を直接拘束するものでないことはいうまでもない。
 もっとも、右認定基準が脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議の報告に基づき定められたものであるなどの経緯に照らすと、新認定基準は業務起因性について医学的、専門的知見の集約されたものとして、高度の経験則を示したものと理解することができるのであって、本件脳出血のような脳血管疾患の発症に関する相当因果関係の有無を判断するに当たっては、右専門家会議の報告及び新認定基準の示すところを考慮することの必要性を否定することはできない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 業務と本件脳出血のような脳血管疾患等の発症に関する相当因果関係の有無の判断に当たり基礎とされるべき事実と基準については次のとおり考えるのが相当である。
 (一) 前記労災補償制度の趣旨から明らかなとおり、業務起因性が認められるためには、業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められることが必要であるが、本件脳出血のような脳血管疾患の発症については、もともと被災(労働)者に、素因又は動脈硬化等に基づく動脈瘤等の血管病変が存し、それが何らかの原因によって破綻して発症に至るのが通常であると考えられるところ、右血管病変は医学上、先天的な奇形等を除けば、加齢や日常生活等がその主要な原因であると考えられており、右血管病変の直接の原因となるような特有の業務の存在は認められていない。また、右血管病変が破綻して脳出血等の脳血管疾患が発症することは、右血管病変が存する場合には常に起り得る可能性が存するものであり、右脳血管疾患を発症させる危険を本来的に内在する特有の業務も医学上認められていない。
 したがって、こうした脳血管疾患等の発症の相当因果関係を考える場合、まず第一に当該業務が業務に内在ないし随伴する危険性の発現と認めるに足りる内容を有すること、すなわち当該業務が過重負荷と認められる態様のものであること(以下「業務過重性」という。)が必要であり、そしてさらに、前記のとおり脳血管疾患の原因としては加齢や日常生活等も考えられ、業務そのものを唯一の原因として発症する場合はまれであり、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いことに鑑みると、「相当」因果関係が認められるためには、単に業務が脳血管疾患等の発症の原因となったことが認められるというだけでは足りず、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であるというべきである。〔中略〕
 (一) 以上説示のとおり、Aは、それまで従事していた業務により、すでに相当の疲労を蓄積させた身体状況にあったところ、本件韓国出張に伴う肉体的、精神的負担が重なり、これが高血圧症の基礎疾患を有する喜和にとって脳出血を発症させる危険性のある過重負荷となったこと、このような過重負荷が、Aの高血圧を急激に増大させ、もって自然的経過を超えて、基礎疾患たる脳血管病変を悪化させた結果、本件脳出血を発症させたものであり、したがって、他に特段の事情の認められない本件においては、本件韓国出張とAの死亡の間には相当因果関係が存したものと認めるのが相当である。