全 情 報

ID番号 06454
事件名 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 三菱重工業事件
争点
事案概要  労働基準法上の労働時間につき、休憩時間中の作業服・安全衛生保護具の着服、始終業における作業場と更衣所の往復の歩行、終業時における洗面等に要する時間が右の労働時間には当たらないとされた事例。
 作業衣の着脱行為を所定労働時間内に行う労使慣行は成立していないとされた事例。
 労働基準法上の労働時間につき、午前の始業の際の更衣所における作業衣への更衣・安全衛生保護具の装着、その後の更衣所から準備体操場までの歩行、副資材や消耗品等の受出、散水、午後の終業の作業場から更衣所までの歩行並びに更衣所等での作業服の脱衣・安全衛生保護具の脱離に要する時間は右の労働時間に該当するとされた事例。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法36条
労働基準法92条
民法92条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働慣行・労使慣行
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 着替え、保護具・保護帽の着脱
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 入浴・洗顔・洗身
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 歩行時間
裁判年月日 1995年4月20日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ネ) 193 
裁判結果 棄却(上告)
出典 労働民例集46巻2号805頁/労経速報1568号3頁/労働判例681号75頁
審級関係 一審/03998/長崎地/平 1. 2.10/昭和48年(ワ)287号
評釈論文 野川忍・ジュリスト1100号120~122頁1996年11月1日
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-着替え、保護具・保護帽の着脱〕
〔労働時間-労働時間の概念-入浴・洗顔・洗身〕
〔労働時間-労働時間の概念-歩行時間〕
 (3) 手洗・洗面・入浴について
 作業終了後の洗身については、労働安全衛生規則六二五条が使用者に対し、身体または被服の汚染を伴う業務に関し、洗身等の設備の設置を義務付けているだけで、労働者に洗身入浴させることまでも義務付けるものではなく、また洗身入浴は一般に本来の作業を遂行するうえで密接不可分な行為ともいえないので、洗身入浴をしなければ通勤が著しく困難といった特段の事情がない限り、原則として洗身入浴は使用者の指揮監督下における労務の提供と解されず、これに要する時間は労働基準法上の労働時間には該当しないというべきであり、この理は手洗・洗面についても同様である。
 これを本件について見ると、原告らが本来の作業後において手洗・洗面・入浴の行為を行ったことは前記認定のとおりであるが、原告らが行った右洗身につき特にその洗身をしなければ通勤が著しく困難であったという特段の事情は証拠上認められないので、それらに要した時間は労働基準法上の労働時間ということはできない。
 (4) 入浴後の着衣について
 入浴後の着衣については、着用が義務付けられた作業服から通勤服への更衣であるので労務の提供と解した作業服の脱衣と関連性があるが、通勤服の着用自体は本来の作業と不可分の関係にはないうえ、作業服の脱衣との間に労務の提供といえない入浴等の行為が介在するので、使用者の指揮監督下における労務の提供と解することはできず、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に該当しないというべきである。
 (5) 更衣所から元タイム・レコーダーが設置してあった場所ないし退門までの歩行については、労務の提供とは解することのできない前記手洗・洗面・入浴・通勤服への着替えの後の行為で、使用者の指揮監督下にあるともいえないので、右歩行に要した時間は労働基準法上の労働時間に該当しない。
2 以上によると、原告らが昭和四八年六月一日から同月三〇日までに所定労働時間外になした行為のうち、労働基準法上の労働時間に該当するのは、実作業のほか、午前の始業の際の更衣所における作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着、その後の更衣所から準備体操場までの歩行、副資材や消耗品等の受出、散水、午後の終業の際の作業場から更衣所までの歩行並びに更衣所等での作業服の脱衣・安全衛生保護具等の脱離に要する時間ということになる。そして、各原告らの具体的な労働基準法上の労働時間の詳細は、別紙五の(1)ないし(24)(26)ないし(28)のとおりである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働慣行〕
 以上の諸事情に、前記二1で認定した始終業管理に関する労使間の交渉状況を併せ考慮すると、多数の労働者が長期間にわたり始終業時における作業服や安全衛生保護具等の着脱、手洗、洗面、入浴、始業時における入門から元タイム・レコーダーが設置してあった場所を通り更衣所を経て準備体操場までの歩行、終業時の作業場または実施基準線から退門までの歩行、休憩時間における喫食前の安全衛生保護具等の脱離、手洗、午後の始業時の安全衛生保護具等の装着などの諸行為を反復継続して所定労働時間内に行っていたと認めることはできないので、右諸行為を所定労働時間内に行う労使慣行ないし労働契約があったということはできない。
 従って、右諸行為を所定労働時間内に行うのが慣行的事実ないし労使慣行であった旨の原告ら申請の証人の証言や原告らの供述、並びに証人Aの証言により真正に成立したものと認められる甲第六五ないし第七一号証の報告書(所定労働時間内の入浴の労使慣行の存在を報告したもの)の内容はにわかに措信することができない。また労働組合の新聞等(例えば、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証、第四六号証等)においても、右諸行為を所定労働時間内に行うのが労使慣行である旨の記載があるが、これは労働組合の主張に過ぎず、その労使慣行の存在を立証する証拠としては不十分というべきである。