全 情 報

ID番号 06466
事件名 就業規則変更無効確認請求事件
いわゆる事件名 大阪府精神薄弱者コロニー事業団事件
争点
事案概要  定年制に関する就業規則改正に対する無効確認の訴えにつき、定年退職する者ではない原告に訴えの利益があるとされた事例。
 改正された就業規則の内容が合理的なものであれば、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否できないとされた事例。
 定年年齢を六〇歳に引き下げ、昇給を五八歳で停止する就業規則は合理性を有せず無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法93条
民事訴訟法(平成8年改正前)225条
体系項目 賃金(民事) / 賃金・退職年金と争訟
就業規則(民事) / 就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1995年7月12日
裁判所名 大阪地堺支
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (ワ) 394 
裁判結果 認容,一部却下
出典 労経速報1570号12頁/労働判例682号64頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金・退職年金と争訟〕
 民事訴訟は私人間の紛争を解決するものであるから、確認訴訟における確認の対象としては、原則として、紛争解決にとって通常最も有効適切な対象すなわち現在の権利又は法律関係を対象とした場合に、確認の利益が肯定される。ただし、例外的に、現在の権利又は法律関係を対象としたのでは必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、それらの権利又は法律関係の基礎にある過去の権利又は法律関係や事実関係を確定することが、現に存在する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には、過去の権利又は法律関係や事実関係を確定することにも確認の利益が認められるべきである。
 これを本件についてみるに、選定者らが五八歳ないし六〇歳に達した時点において、本件改正規則が現実に適用され、本件規則改正についての法的紛争が顕在化するとしても(その意味で、本件は将来の権利又は法律関係についての紛争ともいえる。)、それが顕在化することは現在の時点においても確実であり、しかも、右紛争は選定者ら多数の者の権利義務に影響を与えるものであって、後記二に記載のとおり、現に組合を含めて多数の者と被告との間において意見の対立を生じているのであるから、右紛争の根本であって将来の権利又は法律関係を発生させる基礎である本件規則改正の効力(本件改正規則の効力とすると、現在の法律関係を問題にしているともいえる。)を確認することは、本件紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるといえる。したがって、本件訴えについては確認の利益を肯定できる。
 被告は、(一)本件改正規則が、選定者ら特定の個人と使用者たる被告との間の具体的な権利関係を発生させる一つの法律事実にすぎないから、その効力は確認の訴えの対象とはなり得ず、(二)本件改正規則は、法的規範性を有するから、選定者ら特定の個人と使用者たる被告との間で確認すべきものでもない旨主張する。しかしながら、右(一)の主張は、将来の具体的な権利関係を発生させる基礎たる事実関係について確認の利益を認める以上、これを採用することができず、右(二)の主張については、本件改正規則が法的規範性を有していることを理由として確認の利益を否定することには論理の飛躍があり、むしろ、前記のとおり、法的規範性を有し多数の者の権利義務に影響するからこそ確認の利益を肯定すべきであって、採用の限りでない。
〔就業規則-就業規則の法的性質〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 本件改正規則は、就業規則の不利益変更であることが明らかであるところ、労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、事実たる慣習によって法規範性を認めることができる。そして、使用者において、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁参照)。そして、右合理性については、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解され、当該就業規則の作成又は変更の必要性の程度、それによる従業員の不利益の程度、労働組合との交渉経過、関連業界の取扱い、社会的動き等を総合勘案する必要がある。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受任させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁判所昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・判例タイムズ五一五号一〇八頁、同裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁参照)。
 これを本件についてみるに、本件規則改正は、六〇歳定年制、五八歳昇給停止制のいずれについても、その性質上、労働者にとって重要な労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であることが明らかであるところ、前記1(一)記載のとおり、その採用が被告の運営上特に必要というわけではなく、大阪府においてそれらの制度を採用したことに伴い、被告の組織の性格上、大阪府から要請を受けて採用せざるを得なかったものである。被告の組織の性格上採用せざるを得なかったという点では、就業規則の不利益変更が必要であったともいえるが、右の点は運営上の理由ではないから、これをもって高度の必要性があったとまでは到底いえない。そして、前記1(二)記載のとおり、六〇歳定年制については、選定者らには、退職手当率の上昇を考慮しても、一人当たり約一〇〇〇万円から約二〇〇〇万円の減収が生じ得ることになる一方((1))、それについての緩和策が採られているものの((2))、代替措置は極めて不十分で、非常勤特別嘱託員制度の実効性ははっきりせず((3))、右約一〇〇〇万円から約二〇〇〇万円の減収がそのまま損害になる可能性が高い(被告は、退職金運用利益も考慮すべきである旨主張するが、退職金をそのまま銀行預金等とすることができると一概にいうことはできず、また、そのような義務を認めることもできないから、右の点を代替措置として考慮することはできず、被告の右主張は採用できない。)。また、前記1(三)の記載のとおり、五八歳昇給停止により、選定者らは定年までの賃金上昇額に相当する不利益を受けるが、それについての代償措置ないし緩和措置は一切講じられていない。よって、六〇歳定年制、五八歳昇給停止とも、かなりの不利益を選定者らにもたらす制度といえる。加えて、六〇歳定年制については、前記1(五)の記載のとおり、被告職員の労働条件は大阪府職員のそれより劣っている部分がまだ少なくないのに、それらの改善との抱き合わせなしに大阪府職員より有利さの点で唯一に近い定年制の条件を切り下げることに疑問が残る。さらに、そもそも、前記1(七)の記載のとおり、定年引下げによる六〇歳定年制は、時代の流れにそぐわないとの疑念がぬぐいきれない。
 以上によると、本件規則改正は、先に判示したような高度の必要性がないのに、かなりの不利益を選定者らにもたらすものであって、その他の点での疑問も存するから、前記1(四)、(六)の記載の事情を考慮に入れても、本件規則改正をもって、その必要性及び内容の両面からみて、これによって被告の職員が受けることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものということは困難である。したがって、本件改正規則は、無効である。