ID番号 | : | 06631 |
事件名 | : | 相続税更正処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 板橋税務署長事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 相続人に対する退職金を、被相続人の債務として相続財産の価額から控除して相続税を申告した場合につき、税務署長が右退職金を認めない更正処分の取消請求に対し、これを棄却した事例。 使用者の死亡によって雇用契約は当然に消滅することなく、特段の事情のない限り雇用契約は相続人に相続されるとした事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法89条1項3の2号 民法625条 民法896条 相続税法13条 相続税法14条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約の承継 / その他 賃金(民事) / 退職金 / 退職金と相続 |
裁判年月日 | : | 1996年2月28日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成6年 (行ウ) 313 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 時報1568号44頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 岸田貞夫・租税法と企業法制〔租税法研究25〕155~158頁1997年10月/今村隆・税理40巻4号204~213頁1997年4月 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約の承継-その他〕 使用者の死亡によっても雇用契約は当然に消滅することなく、特段の事情のない限り雇用関係は相続人に承継されるものというべきであるが、被用者が使用者の相続人であるときは、その使用者の地位を承継することにより権利義務の混同を生じる範囲で雇用契約も終了することは明らかである。 1 本件各退職金の金額は、本件退職金規程の支給率表(別表4)の定年・死亡欄の支給率を適用しこれに功労加算を行って算定されたものであることについては当事者間に争いがない。 ところで、退職金は、労働基準法上その支給が強制されているわけではなく(同法二〇条参照)、退職金を支給するか否かは、本来は使用者の裁量において定め得るものといわざるを得ないから、雇用関係の終了、すなわち退職の事実が生じたというだけでは、当然に従業員の退職金請求権が発生するわけではない。 そこで、まず、原告Xが、本件就業規則に基づく退職金請求権をAに対して有していたかについて判断するに、甲二号証(本件就業規則)及び甲三号証(本件退職金規程)によれば、本件就業規則二八条二項及び本件退職金規程一条は、退職金の支給範囲について、〔1〕定年退職(満六〇歳)、〔2〕業務上又は業務外の事由による死亡、〔3〕業務上又は業務外の事由による傷病のため就労が困難になった時、〔4〕自己の都合による場合と定め、右各事由に該当する場合でも、(1)勤続三年未満の者、(2)嘱託又は臨時職員(パートタイマーを含む)、(3)禁固以上の刑に処せられ失職した者、(4)同盟罷業、怠業その他争議行為又は怠業的行為をした者には支給しない旨を定めていることが認められる。 そうすると、本件就業規則及び本件退職金規程は、定年や傷病による就労困難など、少なくとも従業員側に発生した何らかの事情に基づいて退職する場合でなければ当然には退職金を支給しない旨を定めているものと解するほかはない。 また、B病院はAが設立したものであって、本件相続開始まで使用者の死亡による退職の事例はなかったことは明らかであるから、使用者の死亡を契機に退職した者に対し退職金を支給することが労使慣行となっていたものと認めることもできない。 この点について、原告らは、退職金規定が雇用関係終了の全ての原因を網羅して規定するのは不可能であるから、当該雇用関係の終了原因が退職金規定に存在しないからといって、退職金の支払を免れるものではない旨主張する。確かに、退職金規定が雇用契約終了の全ての原因を網羅しているとは限らないから、退職金規定の合理的解釈によって、規定そのものに記載されていない雇用関係の終了事由であっても退職金規定に定める退職事由に含まれると解すべき場合があることは否定できず、本件においても、Aの死亡を機に同人の行っていた事業が廃止され、B病院の全従業員が解雇された場合等には、その全員について、本件退職金規程の適用が検討される事態も想定されないではない。しかしながら、被相続人の事業が相続人たる被用者に承継された場合は、事業に係る積極財産は相続という原因によって相続人の所有に帰するのであって、この財産移転原因以外に退職金支給という財産移転原因を実施する実体私法上の理由はないことに加えて、B病院の事業を原告Xが承継するであろうことは原告らを含む相続人共通の理解であったことも前記認定のとおりであるし、本件退職金規程が事業主の死亡を退職の事由として予定していないことはその文言から明らかであるから、本件退職金規程の解釈として、被用者相続人が事業承継をしたことによる雇用関係の終了を退職金の支給事由としていると解する余地はない。 したがって、本件相続開始の際、原告XのAに対する退職金請求権の発生はなく、これに対応するAの債務は存在しなかったことになる。 |