全 情 報

ID番号 06649
事件名 処分無効確認等請求上告事件
いわゆる事件名 東日本旅客鉄道事件
争点
事案概要  事務室内への無断立入に対する退去命令に従わなかったとして訓告又は厳重注意処分を行なったことに対する無効確認の訴えにつき、本件処分が将来の人事考課に与える影響の確定ができず、訴えの利益がないとして、右訴えを棄却した原審を正当とした事例。
 事務室内へ無断立入りに対する退去命令に従わなかったとして訓告処分又は厳重注意処分を受けた者が、右行動に参加していなかったかどうか明らかでないとして原審に差し戻した事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 処分無効確認の訴え等
裁判年月日 1996年3月28日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (オ) 1011 
裁判結果 一部破棄差戻,一部棄却
出典 時報1565号139頁/タイムズ906号231頁/裁判所時報1169号1頁/労働判例696号14頁
審級関係 差戻控訴審/06877/東京高/平 8.11.19/平成8年(ネ)1824号
評釈論文 夏井高人・平成8年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊945〕378~380頁1997年9月/香川孝三・ジュリスト1116号139~142頁1997年7月15日/佐藤敬二・民商法雑誌117巻1号134~138頁1997年10月/辻村昌昭・労働法律旬報1447・1448号61~73頁1999年1月25日/和田肇・判例評論454〔判例時報1579〕223~226頁1996年12月1日
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-処分無効確認の訴え等〕
 原審の適法に確定した事実関係の下において、本件訓告又は厳重注意の無効確認を求める訴えの利益は認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 一 原審の確定したところによれば、被上告人は、上告人Xに対し、国鉄労働組合の分会に所属する組合員らと共に団体交渉を求めて被上告人の高崎運行部高崎運転所の事務室内に無断で立ち入り、助役による再三にわたる退去通告にも従わなかったことを理由として、高崎運行部長名で厳重注意の措置を執ったというのであり、上告人Xは、右事務室内立入り等(以下「本件行為」という。)に加わっていなかったにもかかわらず右厳重注意を受けたことにより多大の精神的苦痛を被ったと主張して、被上告人に対し不法行為に基づく損害賠償を求めている。
 原審は、上告人Xが本件行為に参加しなかったとする証拠と同人が本件行為に参加したのを現認したとの助役らの証言等とのどちらに信をおくべきかは容易に決め難いものといわなくてはならず、本件証拠関係の下では上告人Xが本件行為に参加していなかったとの事実を認定することができないとした上で、上告人Xの主張する不法行為は同人が本件行為に参加しなかったとの事実を前提とするものであるところ、右事実を確定し難いのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右不法行為の成立は認められないと判断した。
 二 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 原審の確定したところによれば、被上告人における厳重注意は、就業規則等に規定がなく、それ自体としては直接的な法律効果を生じさせるものではないが、実際上、懲戒処分や訓告に至らない更に軽易な措置として、将来を戒めるために発令されているものであり(記録によれば、書面をもって発令されるものであることがうかがわれる。)、人事管理台帳及び社員管理台帳に記載されるものであるというのである。そうすると、本件厳重注意は、企業秩序の維持、回復を目的とする指導監督上の措置と考えられるが、一種の制裁的行為であって、これを受けた者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものとして、その者の法的利益を侵害する性質の行為であると解される。
 一般に、使用者は、労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持ち、他方、従業員は企業秩序を遵守すべき義務を負っているものではあるが、使用者の右権能の行使としての措置であっても、それが従業員の法的利益を侵害する性質を有している場合には、相当な根拠、理由もないままそのような措置を執ってはならないことは当然である。したがって、右のような性質を有する使用者の措置に基づき従業員が損害を被ったという事実があれば、使用者が当該措置を執ったことを相当とすべき根拠事実の存在が証明されるか、又は使用者において右のような事実があると判断したことに相当の理由があると認められるときでなければ、不法行為が成立すると解するのが相当である。
 本件厳重注意は、前記のような性質を有するものであるから、上告人Xが本件行為に参加したとの事実が証明されない以上、高崎運行部長において上告人Xが本件行為に参加したものと判断したことに相当の理由があったかどうかの点について審理判断をしないまま、同人が本件行為に参加したのか参加しなかったのかが不明であることのみを理由に不法行為の成立を否定することは許されないものというべきである。
 したがって、右の点について審理判断を尽くすことなく、上告人Xの主張する不法行為の成立を否定した前記原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由齟齬の違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。