全 情 報

ID番号 06709
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 平和石綿工業・朝日石綿工業事件
争点
事案概要  石綿糸の製造を業としていた会社の元従業員が作業中多量の粉じんに曝されながら作業していたことによってじん肺にかかったとしてその会社及びその親会社に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求するとともに、右じん肺の罹患について国の労働行政機関の監督権限不行使に基づいて損害賠償を請求した事例。
参照法条 国家賠償法1条
労働基準法101条
民法415条
労働基準法84条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 営業の廃止と賃金請求権
監督機関(民事) / 監督機関に対する申告と監督義務
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1986年6月27日
裁判所名 長野地
裁判形式 判決
事件番号 昭和52年 (ワ) 211 
昭和52年 (ワ) 262 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1198号3頁/タイムズ616号34頁/訟務月報33巻2号423頁/労働判例478号53頁
審級関係
評釈論文 秋山義昭・判例評論336〔判例時報1215〕6~11頁1987年2月
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-営業の廃止と賃金請求権〕
 (一) 被告Y1会社は、発じんの防止、粉じんの飛散抑制のための措置〔中略〕を怠たり、
 (2) 混綿作業について、〔1〕撹拌機と半毛機を連絡、密閉すべきであったのに昭和四五年ころまでこれを怠たり、〔2〕混綿機から梳綿機へ材料を移し入れる機械装置を設置すべきであったのに昭和五一年ころまでこれを怠り、
 (3) 発生した粉じんが滞留することのないよう可能な限り局所排気装置等除じん設備を備えるべきであったのに、〔中略〕右設置義務を怠り、
 (4) ビニールの囲い等により発生源となる設備の密閉、隔離をはかるべきであったのに、〔中略〕前記設置義務を怠り、
 (5) 二次粉じん発散を防止すべく、床に散水し、また電気掃除機を用いて掃除すべきであったのに、昭和四八年ころまでこれを怠たり、
 (6) 研磨作業について、注水する等作業方法に工夫を加えるべきであったのに、これを怠った。
 (二) 同被告は、粉じん曝露の程度を軽減するための措置として、作業時間の短縮等作業強度を軽減すべきであったのに、かえって、設立当初から恒常的に女子の法定時間外労働、有害業務についての法定時間外労働などの法定の制限を超えた違法な時間外労働を実施し、しかも取締を免れる目的で賃金台帳につき二重帳簿を作成し、これを怠った。
 (三) 同被告は、粉じん吸入防止のための措置として、従業員に検定合格品の防じんマスクを支給し、作業の際これを着用するよう指導監督するとともに、従業員が防じんマスクを着用したがらないのは、右着用が長時間に及ぶと息苦しさに耐えられなくなったり作業能率が低下することにあったのであるから、単位作業時間の短縮や休憩時間の配分の工夫などの労働強度軽減の措置をすべきであったのに、〔中略〕前記義務を怠った。
 (四) 同被告は、じん肺発症の早期発見、早期治療のための措置として定期的にじん肺健康診断を実施するとともにじん肺所見の認められた者に結果を通知し、粉じん作業職場から離脱させるべきであったのに、〔中略〕じん肺の治療の機会を失わせ、これを怠った。
 (五) 同被告は、従業員自身によるじん肺罹患の防止や健康管理を図るための措置としてじん肺についての医学的知見、予防方法等について教育及び指導を実施すべきであったのに、設立以来これらを一切行わず、怠った。
 三 因果関係
 被告Y1会社の右二の安全配慮義務の不履行により原告ら元従業員がじん肺に罹患し、更には死亡又は重篤な症状に陥ったか否かについて検討するに、〔中略〕同被告の前記安全配慮義務違反と、原告ら元従業員がじん肺に罹患し、死亡又は重篤な症状に陥ったとの結果との間に相当因果関係のあることは明らかである。
 四 有責性
 被告Y1会社は、当時のじん肺に関する知見とその対策の普及の程度等を理由に原告ら元従業員がじん肺に罹患することを予見しえなかったから、同被告の責に帰すべき事由はないと主張する。
 しかしながら、〔中略〕同被告が原告ら元従業員のじん肺の罹患及び死亡又は重篤な症状の結果の発生を予見することは優に可能であったというべきであり、じん肺に関する知見とその対策の普及の程度等を理由とする同被告の有責性不存在の抗弁は採用しえない。
 五 結論
 以上によれば、被告Y1会社は、原告ら元従業員に対し、雇傭契約に付随する安全配慮義務の不履行によって生じた後記の損害を賠償すべき義務があるというべきである。〔中略〕
 被告Y2会社は、被告Y1会社を実質的に支配し、被告Y1会社は、被告Y2会社に従属しているとみることができる。更に、被告Y1会社は、外形的には独立した株式会社であるけれども、被告Y2会社の石綿紡織品の一製造部門と同視しうる密接な関係を有していたから、被告Y1会社の粉じん作業について、除じん設備の改善及び充実、粉じん測定、労働時間短縮等の措置をとるについては、両被告が共同して行わなければその実を挙げることはできず、被告Y1会社の労働者の安全衛生確保のためには被告Y2会社の協力及び指揮監督が不可欠であったと考えられる。〔中略〕被告Y2会社は、使用者と同視しうる地位にある者として、被告Y1会社の被用者たる従業員に対し、信義則上、右法律関係の付随義務である、被告Y1会社の安全配慮義務と同一内容の義務を負担することとなったというべきである。
〔監督機関-監督機関に対する申告と監督義務〕
 行政庁が権限を行使しなかった場合において、法令が授権した行政権限を行政庁が適正に行使せず、不作為を続けることにより法令が行政庁に権限を授権した意味自体が無意義となるような事態が生ずる特殊例外的な場合には、裁量の範囲を著しく逸脱し、著しく合理性を欠くものとして行政庁にはその権限を行使すべき法的義務があるといわなければならない。そして、右の特殊例外的な場合が如何なる場合であるかを一義的に定めることは困難であるが、当該具体的な事実関係の下において、(a)被侵害法益の重大性及び侵害の切迫性すなわち被侵害法益が生命、身体の安全、健康などの重大性を有する性質のものか及び右法益侵害の危険が切迫しているか、(b)予見可能性すなわち、監督機関が右(a)の重大な法益侵害の危険の切迫を現に予見したか、又は容易に予見しえたか、(c)回避可能性すなわち、監督機関が権限を行使することにより容易に結果の発生を防止することができたはずか、(d)期待可能性すなわち、社会通念上、監督権限の行使を期待し信頼することを至当とする事情があるか、等の諸事情を総合的に考量して判断すべきである。〔中略〕
 浮遊粉じん量を減少させるために除じん設備の改善のための指導を安全融資制度の利用も含めて実施してきており、その結果昭和四七年、四八年、四九年と三回に及ぶ除じん設備改善の結果浮遊粉じん量は昭和四六年までと対比すると旧特化則による規制値を下回り、相当程度減少してきたのであり、また、時間外労働、検定合格品の防じんマスクの着用の徹底の点についても毎年のように同被告に指摘し指導してきたことからみて、監督機関が前記監督上の措置以上のことをしなかったことをもってその監督権限の行使につき裁量の範囲を著しく逸脱し、著しく合理性を欠いたものということはできない。
 四 以上のとおり、国の監督機関の監督権限の不行使につき違法性がない以上、その余の点について判断するまでもなく、被告国は、原告ら元従業員に対し、損害賠償義務を負うものではないといわざるをえない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労働者災害補償保険法による各労災補償は、いずれも労災事故による労働者の被った財産上の損害の填補であって精神上の損害填補の目的を包含するものではないから、原告ら元従業員及び遺族原告らがそれぞれ受給した同法による各給付金は、いずれも慰藉料請求権と性質を異にし、これには及ばないものというべきである。また、厚生年金法による各給付金も同様の趣旨による生活保障を目的とすると解するのが相当であり、同様慰藉料から控除されるべきものではない。