全 情 報

ID番号 06757
事件名 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 商大八戸ノ里ドライビングスクール事件
争点
事案概要  自動車教習所たる使用者と労働者との間での労働条件(時間外労働手当支給、能率手当支給)に関する労使慣行の取扱いの効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法93条
民法92条
労働基準法39条4項
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則と慣行
年休(民事) / 時季変更権
裁判年月日 1996年1月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 462 
平成5年 (ワ) 4198 
平成7年 (ワ) 432 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 労働判例698号46頁/労経速報1592号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則と慣行〕
 使用者と労働者との間で長期間、反復継続された労働条件に関する取扱いが、「法律行為の当事者がこれに依る意思を有せるものと認」められ(民法九二条)、契約と同じく、使用者と労働者の双方を拘束する法的効力を有するためには、右取扱いが長期間反復継続されただけでは足りず、当事者が明示的にこれによることを排斥していないことのほか、労働者のみならず、使用者の右労働条件を決定する権限を有する管理者が、この取扱いを承認し、これを準則として従うべきであるという規範意識を有することを要するものと解すべきである。そして、就業規則の定めは、それが合理的な労働条件を定めるものである限り、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、当該事業場の労働者は、就業規則の内容存在を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別の同意を与えたか否かを問わず、当然にその適用を受け、就業規則の規定内容が当該労働契約の内容をなしていると解すべきであり〔中略〕、また、労働協約は、これの定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準が個々の労働契約を直接規律する効力を有するのであるから(労働組合法一六条)、この取扱いが、就業規則や労働協約の条項と抵触する場合には、右就業規則を改廃し、新たな内容の労働協約を締結する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、このような規範意識を有することを要するものというべきである。〔中略〕
〔就業規則-就業規則と慣行〕
 使用者と労働者との間で労働条件に関する取扱いが長期間、反復継続された場合であっても、これが契約と同じく、使用者と労働者の双方を拘束する法的効力を有するためには、当事者が明示的にこれによることを排斥していないことのほか、使用者の右労働条件を決定する権限を有する管理者が、この取扱いを承認し、これを準則として従うべきであるという規範意識を有することを要するものと解すべきであり、この取扱いが、就業規則や労働協約の条項と抵触するときには、右就業規則を改廃する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、このような規範意識を有することを要するものと解すべきことは二判示のとおりである。
〔中略〕被告代表取締役Aが、昭和六二年春以降、就業規則、労働協約と異なる取扱いがされていることを疑うようになり、当時のB部長を更迭した上、同年五月、C部長を任命し、同人に対し、就業規則及び労働協約に反する取扱いの総点検と就業規則及び労働協約の定めどおり是正することを命じ、多数組合である職員組合は、これに理解を示し、同年五月二五日、被告代表取締役Aとの間で、三2(六)判示の内容の確認書を作成したこと、被告代表取締役Aは、平成元年一月、1判示の取扱いがされていることを知り、就業規則に反することを理由に、その変更を指示したことが認められ、右の事実に被告代表取締役Aが昭和六二年以前から右の取扱いを知っていたことを認めるに足りる証拠がないことを総合勘案すると、1判示の事実及び証拠をもって、右労働条件を決定する権限を有する被告の管理者、すなわち、就業規則を改廃する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、この取扱いを承認し、これを準則として従うべきであるという規範意識を有していたとは認め難く、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、振替休日を休日とする右取扱いが、契約と同じく、使用者と労働者の双方を拘束する法的効力を有するものと認めることはできない。
〔年休-時季変更権〕
 年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により、法律上当然に生じる権利であり、同法は、使用者に対し、できるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう状況に応じた配慮をすべきことを要請していると解すべきであり、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならないが、使用者が、通常の配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条三項ただし書の規定により明らかである〔中略〕。
 そこで、被告の時季変更権の行使についてみるに、前記認定の事実によれば、被告の自動車教習所の業務は、教習の予約制度により運用することが不可欠であり、そのためには、被告が、予約受付時に各教習日に欠勤を予定する技能指導員の数を正確に予測し、出勤を予定する技能指導員の数に応じた数の教習生の予約を確保するとともに、年次有給休暇を取得して欠勤する者が特定の時期に集中することを防止し、教習生の予約希望に適切にこたえるため、必要な数の技能指導員を確保することが事業の正常な運用上極めて重要であることが認められ、したがって、このような教習業務と技能指導員の業務内容の特性に照らすと、各教習日毎に欠勤許容者数を定めた上、年次有給休暇による技能指導員の欠勤者が欠勤許容者数に達した教習日について、更に他の技能指導員から年次有給休暇の請求がされた場合、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして時季変更権を行使するという基準を定め、これに従って、時季変更権を行使することは、使用者が通常の配慮をすれば、同日に代替勤務者を確保することが客観的に可能な状況であったとは認められず、また、欠勤許容者数の定め方が前判示の同条の趣旨に反することなく、被告の日常業務の実態に照らして合理的なものである限り、同条ただし書により許されるものというべきである。
 そして、年間の欠勤許容者数の合計を総年休数より、小さく定めることは、同条の趣旨に照らして許されないことは明らかであるところ、前記認定の事実によると、被告は、欠勤許容者数を右総年休数より多く定め、とりわけ、年間の欠勤許容者数の総数を総年休数より多く定めるほど、従業員がその希望する時期(ママ)に年次有給休暇を取ることが容易になる反面、年間の欠勤許容者数の総数を、実際に請求される年次有給休暇の総数より、過大に定めると、教習の予約を受け付けることが客観的には可能であるのに、これを受け付けないため、技能指導員が出勤しても、教習を実施することができず、被告が技能指導員の能力に応じた労務の提供を受けられない上、技能指導員も、教習を実施した場合に取得できる能率手当の支払を受けられない事態が頻繁に発生して、事業の正常な運営を妨げることになること、被告は、総年休暇数を算定した上、従業員がなるべく希望する時季に年次有給休暇を取得できるよう配慮して、それよりも多い総年休予定数を被告の年間営業日数に配分して算定したものであり、平成二年以降の欠勤許容者数では、総年休数より、約二〇〇日多い日数を総年休予定数としたことなどの事実に照らすと、被告の欠勤許容者数の定め方は、同条の趣旨に反するものではなく、被告の日常業務の実態に照らしても合理性があるものと認められる。