全 情 報

ID番号 06758
事件名 未払賃金請求事件/賃金請求事件
いわゆる事件名 商大八戸ノ里ドライビングスクール事件
争点
事案概要  自動車教習所たる使用者と労働者との間での労働条件(時間外労働手当支給、能率手当支給)に関する労使慣行の取扱いの効力が争われた事例。
参照法条 民法92条
労働基準法93条
労働基準法92条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則と慣行
裁判年月日 1996年1月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 4199 
平成7年 (ワ) 432 
裁判結果 棄却
出典 労働判例691号54頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則と慣行〕
 使用者と労働者との間で、長期間、反復継続された労働条件に関する取扱いが、「法律行為の当事者がこれに依る意思を有せるものと認」められ(民法九二条)、契約と同じく、使用者と労働者の双方を拘束する法的効力を有するためには、右取扱いが長期間反復継続されただけでは足りず、当事者が明示的にこれによることを排斥していないことのほか、労働者のみならず、使用者の右労働条件を決定する権限を有する管理者が、この取扱いを承認し、これを準則として従うべきであるという規範意識を有することを要するものと解すべきである。そして、就業規則の定めは、それが合理的な労働条件を定めるものである限り、個別的労働契約における労働条件の決定は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、当該事業場の労働者は、就業規則の内容存在を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対し、個別の同意を与えたか否かを問わず、当然にその適用を受け、就業規則の規定内容が当該労働契約の内容をなしている解す(ママ)べきであり〔中略〕、また、労働協約は、これの定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準が個々の労働契約を直接規律する効力を有するのであるから(労働組合法一六条)、この取扱いが、就業規則や労働協約の条項と抵触する場合には、右就業規則を改廃し、新たな内容の労働協約を締結する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、このような規範意識を有することを要するものというべきである。
 (二) 右のような見地から、振替時短日の取扱い(第一類型)が右事実たる慣習として労働契約の内容となっているか否かを検討する。
 (1)〔中略〕被告においては、昭和四九年九月ころから昭和六三年一一月までの一四年余りの間、時短日の振替えを認め、これに該当する日に業務に従事した従業員に対して時間外手当を支給するとの取扱いをしていたことが認められる。
 しかしながら、前記認定の事実によると、〔1〕右取扱いは、被告代表取締役Aが、昭和四七年一〇月三〇日に職組との間で締結した労働協約である四七確認書及び昭和五二年二月二一日に分会との間で締結した同五二確認書において明記された「特定休日(時短休日)が祭日と重なった場合、特定休日(時短休日)の振替えは行わないものとする」旨の本件条項と抵触することが明らかであること、〔2〕右各確認書は、一週間の労働時間をそれまでの四八時間から四五時間に短縮するための方策として、時短日を設けたものであり、右確認書には、右条項以外にも右時短実施後の週四五時間の就労を確保するため、詳細な定め(中略)を設けており、これらの規定からすると、被告代表取締役Aは、本件条項も、二週間を通じて一週平均四五時間の労働を確保するために必要かつ重要な定めであると認識し、これに反する取扱いを容認する意思はなかったと推認し得ること、〔3〕平成三年に改訂される以前の被告の就業規則は、二週間を通じて一週平均実働時間が四五時間と規定していたものであり、時短日の振替えを実施する取扱いをすれば、週平均実働四五時間が確保できなくなることは明らかであるから、右就業規則の規定は、右振替えを行わないことを前提とした規定であって、右取扱いは、右就業規則の規定とも抵触すること、〔4〕時短日が祭日に重なる事態が毎年頻繁に生ずるわけでなく、したがって、その期間が長期間に及んだ割には回数自体はさほど多いものではなかったと推認し得ること、〔5〕〔中略〕五二確認書には、時短日の振替えを否定する旨の右四七確認書と同一の規定があり、当時、すでに振替時短日を前提とする時間外手当支給の取扱いが行われていたにもかかわらず、労使双方から特段の異議が述べられたり、見直しや改廃の申し出がなされた形跡もなく、さらに、その後においても、右規定と実際の取扱いの齟齬に関して、労使双方における論議の対象とされたことを窺い得る資料がないこと、〔6〕昭和六三年の右取扱いの廃止に至るまで、選定者らを含む被告の従業員は、この日が休日であるとの前提のもとに当然に就労しないということもなかったばかりでなく、かえって、これらの日を休日とするに当っては、年次有給休暇の取得手続を行うなどしていたこと、〔中略〕以上の事実を認めることができる。
 (2) 右の事実によれば、被告において、振替時短日の取扱いが相当長期間にわたり繰り返し行われていたものということはできるが、右取扱いは、被告が職組及び分会と締結した労働協約の本件条項の明文に抵触し、就業規則の定めとも抵触する内容であったこと等右判示の事実関係に徴すると、被告代表取締役Aが右労働協約締結後、右取扱いを変更するまでの間、右取扱いを認識し、これを承認していたものとは認め難く、かえって、右Aは、本件条項に反する取扱いを承認したり、これに従うべきであると考えていたものではないことが推認され、また、被告において、右取扱いに係る労働条件を決定する権限を有する管理者が、この取扱いを承認し、これに従うべきであるという規範意識を有するものとは認めることはできないし、右取扱いと抵触する前記の就業規則を改廃し、新たな内容の労働協約を締結する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、このような規範意識を有して、このような取扱いをしたものとも認めることができない。さらに、前記認定のとおり、被告の従業員が振替えとなるべき時短日について、特に異議を留めることなく出勤したり、その日に就労しない場合には年次有給休暇の所得手続を履践していたりしたことなどの事情に鑑みれば、選定者らを含む従業員の側においても、振替時短日の取扱いにつき、明確な規範意識を有していたと断定することもできない。
 よって、振替時短日の取扱いについては、被告に明確な規範意識の存在を認めることはできず、また、労使双方共通の規範意識に支えられていたともいえないのであるから、この取扱いが使用者と労働者の双方を拘束する法的効力を有する労使慣行に当たるということはできないし、労働契約の内容になっていたということもできない。〔中略〕
〔中略〕被告において、夏期及び年末年始の特別休暇期間における能率手当の支給の取扱い(第二類型)が相当長期間にわたり行われていたものということはできるが、〔中略〕被告代表取締役Aが、右規定に反する右取扱いを認識し、これを承認していたものとは認め難く、かえって、右Aは、右取扱いを承認したり、これに従うべきであると考えていたものでないことが推認され、また、被告において、右取扱いに係る労働条件を決定する権限を有する管理者が、この取扱いを承認し、これに従うべきであるという規範意識を有するものとは認めることはできないし、右取扱いと抵触する前記の就業規則を改廃し、新たな内容の労働協約を締結する権限を有する者又はこれと実質上同視し得る者が、このような規範意識を有して、このような取扱いをしたものとも認めることができない。