全 情 報

ID番号 06761
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 半田労働基準監督署長(日本油脂)事件
争点
事案概要  工場の研究所で管理職として勤務していた労働者が、月例の研究発表会及び文献報告会に出席後、業務打合せを行い、所定労働時間終了後執務室で倒れ、翌日脳内出血で死亡したことにつき、その妻が、右労働者の死亡と業務との間に相当因果関係があるとして労基署長の不支給処分の取消しを求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1996年1月26日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (行ウ) 14 
裁判結果 棄却
出典 労働判例691号29頁
審級関係 控訴審/06936/名古屋高/平 9. 3.28/平成8年(行コ)1号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 1 労基法及び労災保険法による労災補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生ずる危険性を有する業務に従事する(労働)者について、右業務に内在ないし随伴する危険性が発現し、労働災害が生じた場合に、使用者の過失の有無にかかわらず、被災(労働)者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあるものと解される。そして労基法及び労災保険法が労災補償の要件として、労基法七五条、七九条等において「業務上負傷し、又は疾病にかかった(死亡した)」、労災保険法一条において「業務上の事由により」と規定するほか、何ら特別の要件を規定していないことからすると、業務と死傷病との間に業務起因性があるというためには、当該業務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつこれをもって足りるものと解するのが相当である(最判昭五一年一一月一二日・集民一一九号一八九頁参照)。そしてこの理は本件脳内出血のような脳血管疾患及び虚血性心疾患等の非災害性の労災に関しても何ら異なるものではない。
 2 そして、業務と死傷病との間に相当因果関係が認められるためには、まず業務に死傷病を招来する危険性が内在ないし随伴しており、当該業務がかかる危険性の発現と認めるに足りる内容を有すること、すなわち、当該業務が過重負荷と認められる態様のものであること(以下「業務過重性」という。)が必要であり、また、本件脳内出血のような脳血管疾患の発症については、もともと被災(労働)者に、素因又は基礎疾患等に基づく動脈瘤等の血管病変等が存し、それが何らかの原因によって破綻して発症に至るのが通常であると考えられるところ、右血管病変等は医学上、先天的な奇形等を除けば、加齢や日常生活等がその主要な原因であると考えられており、右血管病変等の直接の原因となるような特有の業務の存在は認められていないこと、また、右血管病変等が破綻して脳内出血等の脳血管疾患が発症することは、右血管病変等が存する場合には常に起こり得る可能性があるものであり、右脳血管疾患を発症させる危険を本来的に内在する特有の業務も医学上認められておらず、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いことに鑑みれば、単に業務がその脳血管疾患等の発症の原因となったことが認められるというだけでは足りず、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であるというべきである。
 3 そして、業務過重性の判断に当たっては、それが当該業務に従事することが一般的に許容される程度の基礎疾患等を有する労働者であり、これまで格別の支障もなく同業務に従事してきているといった事情が認められる場合は、当該労働者を基準にして、社会通念に従い、当該業務が労働者にとって自然的経過を超えて基礎疾患を急激に増悪させる危険を生じさせるに足りる程度の過重負荷と認められるか否かにより判断するのが相当である。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 1 前記二及び三で認定したところによれば、Aは、B会社C工場の中間管理職である開発研究課長に就任する以前である昭和五一年頃から高血圧症に罹患し、これが本件発症に至るまで継続し、その治療ないし血圧の適切な管理がされないまま、本件発症前にはいつ脳内出血が発症しても不思議でない程に重篤な状況に陥っていたこと、他方、昭和五四年四月以降本件発症時までの三年以上の間は、その肩書の名称は変更したものの、終始一貫してPO関係の研究開発等を担当する部署の責任者としての業務を特段の支障もなく遂行していたこと、その勤務の状況は、化薬研の勤務場所を離れる出張等の業務もあるものの、いずれも平常の業務として予定された仕事で、回数も毎月二、三回に止まり、それ以上特に肉体的、精神的疲労を蓄積させ、これを休日等の取得によって回復することができないような過激な仕事に就くということはなかったこと、本件発症当日の業務内容も平常の仕事の域を出るものではなかったことが明らかであり、これらの事情を総合考慮すれば、Aの業務が、Aが当時罹患していた高血圧症をその自然的経過を超えて急激に増悪させる危険を生じさせるに足りる程に過重であったとは到底認めることができない。
 この点、原告は、本件発症当時、平常の業務に年度末の業務及び中試Gの廃止に伴う業務が加わり著しく多忙であったことからすると、Aの業務は過重であったというべきである旨主張する。しかしながら、前記三4の(三)及び(四)で認定したところによれば、本件発症は昭和五七年度下期の終了する一日前であって、その当時には、年度末業務は既にほぼ終了していたこと、また、中試Gの廃止に伴う業務が加わるのは、昭和五七年一二月一日のその廃止以降で、本件発症当時はあくまでそれが予定されていたに止まること、右廃止に先立って中試Gの職員七名がPO1Gに配置換えされた事実はあるが、そのことから直ちにAの本件発症当時の業務に特段の負担を与えたという事情は窺えないことがそれぞれ認められるのであって、これらの事情に照らすと、原告の右主張は採用することはできない。
 なお、原告は、使用者の安全配慮義務違反は業務起因性の判断要素になると主張するが、このような見解は無過失責任主義に立つ労災補償の建前に反するものであり、採用することはできない。仮にこの点を措くとしても、前記認定のとおり、Aは午後六時を過ぎて残業することは稀であり、その業務自体、Aの高血圧症をその自然的経過を超えて急激に増悪させる危険を生じさせるに足りる程に過重であったとは認めることができない以上、B会社においてAの高血圧症を悪化させないようその勤務時間及び職務内容について何らかの措置を講ずべき安全配慮義務が存するのにこれを怠ったとの原告の主張は失当である。また、B会社では、毎年定期的に実施される一般健康診断において従業員の血圧値を測定しており、Aは、血圧値が従前のそれに比して大幅に高くなった昭和五一年以降、昭和五三年から昭和五四年にかけての一時期を除き、自己の血圧値が高血圧症の重症度の高い値であることを十分認識していたのであるから、その治療ないし血圧管理はA本人が配慮すべきであったと言わざるを得ず、B会社においてAの血圧管理を適切に行うべき安全配慮義務が存するのにこれを怠ったとの原告の主張もまた失当である。
 2 したがって、その余の点について判断するまでもなく、Aの業務が本件疾病についての相対的に有力な原因であるといえないことは明らかであって、本件疾病につき業務起因性を認めることはできないというべきである。