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ID番号 06771
事件名 損害賠償請求事件/退職慰労金等請求事件
いわゆる事件名 池本自動車商会事件
争点
事案概要  取締役又は従業員であった者が、在職中に会社と競合する営業を開始し、会社を倒産に追込み、一斉に退職するなどして会社に損害を及ぼしたとして損害賠償を請求された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
民法527条
労働基準法11条
労働基準法89条1項3号の2
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
退職 / 任意退職
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1996年2月26日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ワ) 4929 
平成2年 (ワ) 734 
裁判結果 棄却
出典 労働判例699号84頁/労経速報1596号17頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-任意退職〕
 (三) 期限の定めのない雇用契約については、労働者は、二週間の予告期間を置けばいつでも契約を解約できるが(民法六二七条一項)、毎月一回払いの月給制の場合、解約は翌月以降に対してのみ、当月の前半にその予告をすることを要するところ(同条二項)、従業員たる被告の雇用契約については、期限の定めがあったことは認めるに足りず、被告Y1、同Y2、同Y3、同Y4及び被告Y5の五名は、平成元年二月一日、原告に対し、退職届を提出して退職を予告し、同年三月二〇日退職したのであるから、右退職が法定の予告期間に違反したものはいえず、右退職について、原告主張の不法行為があったとはいえないことが明らかである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 5 会社の取締役及び従業員は、退職により、その会社に対する忠実義務及び雇用契約上の義務が消滅する上、退職後、新たに職を求める場合、従前の知識と経験を生かすことができる同業他社に職を求めざるを得ないことが少なくなく、同業他社に就職し、競業する営業活動に従事すること自体が当然に不法行為に当たると解することは、職業選択の自由を害するおそれがあるばかりでなく、従業員がその自由な意思に基づいて退職することを困難にして、労働基準法がその実質的な保障に配慮している労働者の退職の自由を害するおそれもある。
 したがって、会社の取締役及び従業員は、会社との間で退職後の競業を禁止する旨の合意があるなど特段の事情がない限り、退職後、同業他社に就職し、競業する内容の営業活動に従事したとしても、右行為が当然に不法行為に当たるものではないと解すべきである。
 そして、原告と被告一三名との間において、原告に在籍した取締役、従業員が、退職後、同業他社に就職したり、原告と競業する営業活動に従事することを制限、禁止する旨の合意や、同旨の就業規則の定めがあったことは主張立証がないのであるから、被告一三名が退職後、原告と同業のA会社に就職し、原告と競業する営業活動に従事し、同社との競争の結果、原告の収入が減少したとしても、被告一三名の右行為をもって不法行為に当たるということはできず、ほかに被告一三名について、社会的に相当性が認められた取引上の行為の範囲を逸脱した行為があったことも認めるに足りず、違法な行為があったとは認めるに足りない。
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 被告らは、本件退職金規定所定の基本給とは、基本給額以外に職務給額も加算した金額であると解すべきであり、原告は、従業員の退職金額を算定する際、支給率に更に二倍の貢献率を乗じて算定する慣行があったので、右被告らが原告に対して請求できる退職金額は、原告の支払額を超えるものである旨主張し、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の取締役会は、昭和六一年一一月一五日、Bの妻C及びDの妻Eの従業員としての退職金について、いずれも、支給率を二倍とする旨を決定したことが認められる。
 しかし、本件退職金規定には、「勤続年数による退職金額を算定する基礎となる金額は、その従業員の基本給のみによって計算し、臨時給は含まれない」旨の定めがあり(四条)、右の規定の文理に照らせば、退職金算定の基礎として支給率を乗ずべき金額に基本給以外に職務給が含まれるものと解するのは無理があること、被告Y6は、その本人尋問中で、原告が右被告らに支払った退職金額が、本件退職金規定に基づいて算定された額であることを前提とする供述をすること、被告Y7が取締役に就任した際に支給された退職金額は、職務給を加えない基本給を基礎に算定されているほか、他の従業員についても同様の扱いがされていること(証拠略)に照らせば、本件退職金規定所定の基本給額が、基本給額以外に職務給額も加算した金額であると認めるには足りず、ほかに被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。
 また、本件退職金規定には、支給率に貢献率を乗ずる旨の規定がないこと、被告Y6は、その本人尋問中で、原告が右被告らに支払った退職金額が、本件退職金規定に基づいて算定された額であることを前提とする供述をすること、CはBの妻、EはDの妻であって、両名が、原告の創立者の子で主な株主である者の近親者であること、右認定の被告Y7及び他の従業員に対する退職金額算定に当たって支給率に貢献率を乗じるような扱いをしていないこと(証拠略)に照らせば、右両名に対する退職金額の決定方法のみから、原告の従業員一般の退職金について、支給率に更に二倍の貢献率を乗じて算定する慣行があったこと及び右慣行が原告と右被告ら間の労働契約の内容となっていたことを認めるに足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。