全 情 報

ID番号 06775
事件名 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 実正寺事件
争点
事案概要  宗教法人において主に葬式、法事等の受付けの事務に従事していた者が、労働基準法上の労働者に該当するとして勤務時間外に従事した職務についての時間外勤務、深夜勤務についての未払い賃金を求めた事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法37条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 宗教法人勤務者
賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
裁判年月日 1996年3月14日
裁判所名 松山地今治支
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 26 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労働判例697号71頁/労経速報1608号24頁
審級関係
評釈論文 小川治彦・労働法律旬報1386号18~21頁1996年6月25日
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-宗教法人勤務者〕
 本件において、原告が「宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けずに奉仕する者等」に当たらないことは明らかであるから、原告が、一般の企業の労働者と同様に労働契約に基づき労務を提供し賃金を受けているか否か、あるいは、宗教上の奉仕乃至修行であるという信念に基づいて勤務に服している場合には、具体的な労働条件を比較して一般企業のそれと同様か否か、を基準に、判断することとする(なお念のため、以下において、「従業員」、「給与」等の言葉は、労基法上の「労働者」、「賃金」等に当たるか否かを問わずに使用するものである)。
 なお被告は、被告が労基法適用事業に該当しない旨も主張するところ、営利を目的としない宗教団体が行う事業活動も右事業に当たるのであるから、結局のところ、被告が労基法適用事業に当たるか否かは、以下に検討するとおりの結論として原告が労基法上の労働者に当たるか否かによるものと解される。
 二 被告においては、現・被告代表者が昭和五一年に赴任し、当初一人の従業員、昭和五七年ころからは常時二、三人の従業員を使用していたこと、被告代表者が従業員を選ぶに当たっては、A宗教に対する信仰経験が長いことを基準の一としていたこと、実際にも、被告の従業員は全てA宗教の信者であったこと、原告自身も、被告の従業員となる以前から、A宗教の信者であり、かつ、被告における各種奉仕活動に多数参加していたこと、が認められる(〈証拠・人証略〉)。
 そして、右のような事情が認められる以上、労基法の適用の可否を判断するに当たっては、宗教上の奉仕乃至修行であるという信念に基づいて勤務に服しているものとして、具体的な労働条件を一般の企業のそれと比較して検討するべきである。
 原告は、被告の従業員となった際の動機などの諸事情をあげて、原告には宗教上の奉仕乃至修行であるとの信念がなかった旨を主張する。しかし、労基法の適用の可否を検討するに際し、個々人の内心の意思(宗教的な信念)を詮索した結果によって判断することは、かえって「宗教尊重の精神」(本件通達)に反すると解されるところであるから、右のとおりの外形的、客観的な事情の有無によって判断するのが相当であり、原告の右主張は採用できない。〔中略〕
 四 以上を前提に、一般の企業の具体的な労働条件と比較する。
 まず、給与の体系は、いわゆる日給月給制として一般に行われているものと同じである。実際に支給された給与の額についても、(ボーナス月を除き)月額約六万八〇〇〇円から約九万五〇〇〇円であり、これは当地方の女子労働者の一般的な水準(〈証拠略〉)と変わりなく、日額四一二〇円は、八時間労働として一時間当たり五一五円となり、いわゆるパートの時間給としてみれば一般的な水準にあるといえる。
 そして、勤務時間や出勤日、業務内容などを見ても、いずれも一般の企業における労働条件と同様なものといえるうえ、なにより原告は、被告代表者によって、被告に雇用された労働者として雇用保険の手続がなされている(〈証拠・人証略〉)。
 そうすると、原告は労基法上の労働者に当たるとするのが相当であり、かつ、原告が勤務時間外に従事した職務は、労基法上の時間外勤務ないし深夜勤務に当たるとするのが相当である。
〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 これに対し被告は、原告の勤務の実態等に関する諸事情をあげて原告が労基法上の労働者に当たらない旨を主張する。しかし、これらはいずれも、単なる規模の大小や業務の繁閑を巡る事情をいうに過ぎず、かつまた、これらの事情自体、そのまま一般の企業でも往々にみられるところであるから、被告の主張は採用できない。
 また被告は、原告が宗教上の奉仕活動として勤務していたとして、原告が労基法上の労働者でない旨を主張する。しかし、宗教上の奉仕活動として勤務することと、その者が労基法上の労働者に当たることとは、矛盾しないのであって、労基法上の労働者に当たるか否かは、「具体的」な「労働条件」によって判断すべきものであるから、右主張は採用できない。すなわち、個々人の内心の意思によって判断すべきでないことは、前記のとおりである。
 なお被告は、原告の時間外労働、深夜労働は、労基法の適用がない「断続的労働」(労基法四一条)や、労基法三二条の二の「変形労働時間制」に当たるとして、労基法上の時間外労働、深夜労働に該当しない旨を主張するが、被告において、右の前提となる行政官庁の許可や変形労働時間制の定めがないことは明らかであるから、右主張は到底採用できない。