全 情 報

ID番号 06787
事件名 出向命令無効確認請求
いわゆる事件名 新日本製鐡(日鐡運輸)事件
争点
事案概要  製鉄業の構造的不況に対処するために構内輸送部門を合理化することを目的として業務委託化を内容とする計画が組合との交渉に基づいて策定され、それに基づいて出向が命じられた労働者が、右出向命令を無効としてその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
労働者派遣事業の適正運営確保及び派遣労働者の就業条件整備法32条2項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界
裁判年月日 1996年3月26日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ワ) 612 
裁判結果 棄却
出典 労働判例703号80頁/労経速報1594号3頁
審級関係
評釈論文 菊池高志・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1113〕216~218頁1997年6月/香川孝三・ジュリスト1102号132~134頁1996年12月1日/三井正信・法律時報69巻6号112~115頁1997年5月/石井将・労働法律旬報1385号6~10頁1996年6月10日/本久洋一・労働法律旬報1401号40~45頁1997年2月10日
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 本件出向は、被告との労働契約が合意解約されるいわゆる転籍出向ではなく、在籍出向であり、出向期間の明示があり、社外勤務協定等によって社内勤務者の労働条件と同様に扱われるよう保障され、出向先であるA会社の業績悪化等により就労の必要がなくなれば当然被告へ復帰するなど、被告の従業員としての地位の保障があるとはいえ、実質的にみると、長期化することが予測できるという意味では転籍出向に近いものがあるといわざるを得ず、本件出向命令の法的根拠を検討する上で、この点を軽視することはできない。
 3 そして、在籍出向といえども、出向によって労働者に対する指揮命令権が出向先に変更するのであるから、民法六二五条の趣旨である労務給付義務の一身専属性から、また、出向は一般に重要な労働条件の変更であるから、労働基準法一五条の精神から、出向命令を正当とする根拠は労働者の同意に求められるべきである。
 ただ、労働者の同意を要するとした趣旨は、出向を命じられる労働者を保護することにあるから、出向命令に応じて出向先に対しても労務に服するなどの義務を負うことが労働契約の内容として含まれるか否かという観点から検討すべきである。〔中略〕
 原告ら入社時の就業規則には、業務上の必要により従業員を社外勤務をさせることがある旨規定されており、原告らは、この就業規則を遵守する旨の誓約書を提出し、入社時に就業規則についての一応の説明を受けたことが認められるから、出向を含む社外勤務を命じられることのあることが一般的に労働契約の内容として含まれていたものということができる。原告らは、作業職社員は右規定の適用を除外されていたと主張し、作業職社員につき休職規定の適用が除外されていたことを理由にあげるが、作業職社員とその他の社員とで、社外勤務の内容を区分していないことは、その文言から明らかであって、作業職社員に休職措置がとられないからといって、作業職社員が命じられる社外勤務を派遣に限定していたと解することはできない。〔中略〕
 ただ、被告における出向事例の推移をみれば、入社時の当事者の意思として、社外勤務として、本件出向のように、業務委託に伴う出向であって、出向期間の長期化が避けられない特殊な形態のものが含まれていたと解することは困難であるから、本件出向についてまで原告ら入社時の事前の包括的同意を認めることはできない。
 しかし、原告らが被告に入社してから本件出向命令に至るまでの間に、被告と労働組合との間で、昭和四四年九月に出向期間等出向者の処遇を定めた社外勤務協定が締結されたこと、その後、労働協約の上でも、業務上の必要により会社は組合員を社外勤務をさせることがある旨改定されるとともに、本件出向のような業務委託に伴う出向の事例が増加していったこと、これに対し、労働組合は、その都度、該当する職場の労働者の個別の意見に配慮しつつ、要員改定としての出向措置の必要性やその人数、出向の際の労働条件等について被告と協議して内容を定め、労働組合の了解の下に多くの出向が実施された経緯があること、また、その間、労働組合は、出向者の同意について、労働条件、生活環境の低下というような客観的問題がある場合には、本人の立場に立って被告と交渉するが、単に出向したくないという感情的理由だけの場合等、出向を拒否する理由が客観的に適当とは認められない場合には、その立場に立ち得ない旨の見解であったことが認められる。〔中略〕
 本件出向命令当時、出向を含めた社外勤務に関する就業規則、労働協約及び社外勤務協定の規定を前提に、本件出向のような、業務委託に伴う期間が長期化することが予想できる出向についても、その必要があり、出向者に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく、適切な人選が行われるなど合理的な方法で行われる限り、出向者の個別具体的な同意がなくても、被告は出向を命じることができることが慣行として確立し、このことが被告と原告らとの間の労働契約の内容として含まれていたと認めるのが相当である。〔中略〕
 被告が、中期総合計画及び本件計画を発表し、その一環としてB会社の鉄道輸送業務をA会社に業務委託し、それに伴う本件出向措置を実施しようとしたことは、経営判断として合理的なものと認めることができ、労働組合としても、十分検討し評価した上で、最も重視する組合員の雇用確保の要請と合致するものとして一連の施策それぞれについて、いずれもその必要性及び施策の内容の合理性を了解する態度を表明したとみるべきであって、原告らが主張するような、被告のその後の決算内容の改善の経過の事実を以て本件計画及びそれに伴う一連の施策全体が、恣意的な経営判断に基づく先制的な人員削減策であるとすることは適当ではないというべきである。〔中略〕
 本件出向は、業務委託に伴うものであり、期間が長期化することが予想される出向であるが、その必要があり、原告に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく、相当な要員設定と人選の下で行われるなど合理的な方法で行われたものであり、原告らの個別具体的な同意がなくても、被告は出向を命じることができたと認められ、原告らは、労働契約上の義務として本件出向命令に従う義務があり、出向法律関係が有効に成立しているものと認められる。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 出向回避措置の必要性については、当時の経済情勢からすれば、本件出向命令に至る一連の措置の必要性、合理性が認められ、連合会ないしB労組も、当該職場の個々の労働者の事情を十分考慮し、それぞれの必要性及び合理性についてその都度検討した上で、被告に対し了解の態度を表明しているのであるから、特に出向回避の措置が必要であったということはできず、本件出向命令を権利の濫用であると認めることはできない。〔中略〕
 本件出向が、前記のとおり在籍出向であり、原告らが、被告との労働契約関係において出向の義務を負い、A会社の定める労働条件に従い、その利益のため、その指揮命令下において労務に服するものであり、契約関係の一部がA会社に移転し、原告らとA会社との間に契約関係が存在するのに対し、「派遣」労働者においては、派遣先の従業員としての地位を一切有することなく、派遣先の使用者と契約関係にないのであり(労働者派遣法二条一号)、この点からすれば、本件出向が労働者派遣法にいう「派遣労働」に該当しないことは明らかというべきである。もっとも、原告らが指摘するように、本件出向が「派遣」に類似する点が認められるが、それは外形的な形態だけを取り上げて指摘したにすぎず、被告が原告らを労働部労働人事室労働人事掛に配転した措置についても、出向者に関する人事管理、勤務管理、給与管理等の事務処理上の便宜のため、出向措置一般の取扱いとして行っているものであって、出向に伴い必要な措置というべきであり、前記のとおり、本件出向は、必要性、合理性に欠ける点はなく、適正に行われたものであり、実質的にみても「労働者派遣」に該当しないことは明らかであり、労働者派遣法の脱法を目的としたものでないことも明らかである。