全 情 報

ID番号 06795
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 住建事件
争点
事案概要  従業員が取締役に就任した場合、労働者たる地位を失うか否かは、会社の代表者の指揮命令ないし支配監督の下で職務を行っているか否かによって決せられるもので、本件では取締役と従業員の地位を併せ有しているとした事例。
 取締役の選任を継続されなかったものにつき、委任契約と労働契約が併存しているとし、解雇の理由はいずれも相当性は欠くとした事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法2章
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 取締役・監査役
解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
裁判年月日 1996年3月29日
裁判所名 長野地松本支
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 18 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労働判例702号74頁/労経速報1617号24頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-取締役・監査役〕
 被告は、原告が平成三年七月二九日に取締役に就任した際、労働契約を合意解除したと主張する。そして、取締役は、会社と委任契約関係にあり(商法二五四条三項)、取締役会を通じて会社の業務執行に関する意思決定を行う権限が認められるので、取締役に就任することにより、労働契約については、合意解除したとみるべき場合もありうる。しかしながら、取締役に就任したとしても、当該取締役が担当する具体的な職務内容、会社内での地位・権限等によっては、実質的には労働者としての性格を有している、取締役兼任従業員である場合もあり、この場合には、委任契約と労働契約を併存して締結していると解すべきことになる。〔中略〕
 三 右認定のように、原告は、取締役就任後、支給される金員の名目等に変更があったものの、具体的な職務内容は取締役就任以前と変わりがなく、大町支店の業務に関する、基本的な営業方針、人事、予算の策定、具体的な支出等を独自に決定し実施する権限はなく、日常的に同支店の営業内容等について被告の本社、特にA専務に報告し、その具体的な指示に従って業務を行っていたもので、被告の指揮命令ないし支配監督の下で職務を遂行していたものである。従って、原告は、取締役就任後も継続して、被告との間で労働契約を締結していたものと認めるのが相当であり、原告と被告間で右労働契約を合意解除したと認めることはできない。
 また、前記認定の、〔1〕A専務は、本件株主総会後も、原告に対して課長か次長として被告に残留するよう勧めていること、〔2〕原告は、右総会後の平成五年七月三一日、八月二日と被告本社に出勤したが特段就労を拒否されず、とりわけ、八月二日には、従前どおり従業員の朝礼に出席して諸注意を行うなどしたが、出席していたA専務は特段異議を述べなかったこと、〔3〕従業員分の退職金が支給されたのは、原告が、八月三日に出社した際であったこと等の諸事情を総合すれば、被告は、本件株主総会で原告が取締役の地位を失った後も、なお同人との間で労働契約関係があると認識していたものといえる。
 四 被告の主張について
 1 被告は、被告の就業規則の一部をなす退職金規定には、「従業員から取締役に選任された場合の従業員分の退職金支払については、取締役の資格を喪失した時に、従業員分と取締役分を一括して支払うものとし、従業員分については取締役の選任の日より六パーセントの利息を加算するものとする。但し、本人が希望する場合、従業員分の退職金は従業員資格を喪失した時点において支払うものとする。」との条項があり(当事者間に争いがない。)、同条項は、従業員が取締役に就任した場合に従業員としての身分を失うことを明示したものである旨主張する。
 しかしながら、従業員が取締役に就任した場合に、労働者たる地位を失うか否かは、前記のとおり、会社の代表者の指揮命令ないし支配監督の下で職務を行っているか否かによって決すべきものであり、右規定はあくまで退職金の支給についての規定に過ぎず、右規定の存在を根拠として、従業員が取締役に就任した場合には従業員たる地位が失われると解することはできない。
〔解雇-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
 三 以上認定、判断したように、被告が主張する本件解雇理由のうちその一部は、これを認めるに足りる証拠がないものであり、また、本件解雇理由【2】及び【3】のうち、被告主張の事実が存するものについては、原告が仕事上の悩みから病気に罹患し、これが原因となって職務上問題を発生させたものであり、その点について被告も十分理解を示していたものであり、本件解雇理由【1】の女性従業員に対する言動等についてもそれ自体は問題のある行為であるが、被告としては、原告の能力等から必ずしもこれを解雇理由になるとは認識していなかったと認められるのであり、結局、原告に対する解雇を相当とする理由は存しないものである。従って、本件解雇は無効であり、原告は、被告との間で労働契約上の権利を有する地位にあるものである(なお、被告は、原告が取締役の地位に固執したことから、原告が取締役に就任した後は労働者としての地位を有していないと解釈して、原告が取締役に再任されなかったことにより、原告との労働契約関係はないとして、原告に対し就労を拒否するに至ったものであり、本来原告について解雇理由があると考えて就労拒否をしたものではないと考えられる。)。
 ところで、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件解雇当時、被告から月額金五二万七八〇〇円の支給(前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支給)を受けていたが、右のうち金一〇万円は取締役であることを前提とする役付手当てであることが認められる。そして、原告は、前記認定のとおり、既に被告の取締役の地位を失っており、役付手当ての支給を受ける権利はない。したがって、原告は被告に対して、本件労働契約に基づき、平成五年八月以降、月額金四二万七八〇〇円の賃金債権(前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支給)を有しているということができる。