全 情 報

ID番号 06796
事件名 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 芙蓉ビジネス事件
争点
事案概要  債務者会社に定期社員として約一三年にわたって部品の検査業務に従事するために六か月の期間の定めのある雇用契約を締結して雇用されていた社員が、期間満了を理由として雇止めの対象とされ、その効力を争った事例。
参照法条 労働基準法14条
労働基準法89条1項3号
労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
裁判年月日 1996年3月29日
裁判所名 長野地松本支
裁判形式 決定
事件番号 平成6年 (ヨ) 82 
裁判結果 却下
出典 労働判例719号77頁
審級関係
評釈論文 山口卓男・季刊労働法192号153~159頁2000年3月/小西國友・労働判例721号6~15頁1997年10月15日
判決理由 〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 本件雇用契約においては、特段の事情のない限り、契約期間満了後も継続して定期社員として雇用することが予定されており、雇止めをするについては、解雇に関する法理が類推され、正当な事由が認められる場合に雇止めが有効になると解すべきである。
 しかしながら、期間の定めのある雇用契約を前提とする本件定期社員については、いわゆる終身雇用を前提に雇用関係の継続に対する強い期待の下に期間の定めのない契約を締結する正社員と異なり、解雇に関する厳格な法理をそのまま適用することは相当でない。したがって、本件雇止めの有効性の有無については、解雇に関する法理(本件においては整理解雇に関する制限法理)を前提にしつつ、諸般の事情を総合し、全体として雇止めを認めることに合理性があるといいうるか否かを判断すべきである。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 債権者は、債務者はA会社の完全子会社で両者は一体の関係にあるから、真に人員整理の必要性があったか否かはA会社の経営状況をも踏まえて判断するべきである旨主張する。
 しかしながら、債務者はA会社の完全子会社とはいえ、あくまで別個の法人であり、債務者の法人格を否認すべきような事情も窺われず、独自の判断と責任に基づいて経営を行っているということができる。そして、債務者においては、各事業所で独立採算制が採られているのであるから、本件における、人員整理の必要性については、前記のとおり、主に債務者松本事業所に関する諸事情を勘案して判断すべきである。
 なお、前記のとおり、本件当時は、松本事業所以外の債務者全体としても赤字収支が続いており、親会社であるA会社も、平成五年度の経常利益は約五五億円であるが、前年比では大きな減益となっており、三年連続で減収減益傾向が続いていた。さらに、債務者松本事業所の主たる取引先であるA会社松本工場は、半導体デバイス部門で一部好調の部署があるものの、平成四年及び五年に八億円から九億円の多額の赤字決算となり、平成六年度もさらに多額の赤字決算となる見込みであった。
 したがって、仮にA会社及び同松本工場の経営状況等を踏まえても、債務者松本事業所において、当時、人員整理の必要性がなかったとはいえない。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 前記のとおり、債務者松本事業所は、経費節減、残業規制、A会社松本工場からの出向者の返上、定期社員、特別社員の新規採用の停止、年齢が比較的高齢の特別社員、定期社員から順次退職勧奨をするなどしたが、さらに余剰人員の整理が必要となり、定期社員全員を一同に集め希望退職を募ったところ、結局申し出る者がいなかったものである。そして、債権者ら雇止めの対象とされた四名に対しては、雇止め後の就職先を確保するために、従前と同一の労働条件を保証(ママ)した上で、同じA会社グループ内の一社を転職先として斡旋している。以上を総合すれば、債務者としては、雇止めを回避べき義務を相当程度尽くしたものということができる。
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準〕
 債権者は、債務者松本事業所に一三年間もの期間勤務したものであり、このように勤務年数が長期にわたり相当な貢献をしているとみうる労働者を雇止めの対象とすることには、より慎重な配慮が要請される。しかしながら、債務者(ママ)は、昭和五二年末ころ当時勤務していたA会社松本工場を無断で欠勤するようになり、さらに約一〇日間連続で無断欠勤をしたため、同工場の人事担当者が債権者方を訪れて退社を促した。その結果、債権者もこれを承諾し、最終的に、昭和五三年二月一日付けで自己都合退職することとなった。そして、債権者は、その後、債務者松本事業所入社後も、欠勤が多いため仕事の予定が立たない、勤務態度に問題がある、作業内容に対する不平不満が多く職場内での協調性がない等として、同人の派遣先A会社松本工場から債務者松本事業所所長に対し苦情が寄せられ、債権者の配属換えが求められる等した。右事業所所長は、債権者に対して、前記諸点について注意し、さらに、昭和六一年一二月ころ、債権者に関する従前の問題点を多数列記した文書(〈証拠略〉)を交付して退社を促したこともあった。その後、債権者は欠勤等はなくなったが、その他の勤務態度等に大きな改善はなく、債務者松本事業所が、平成五年三月、本件人員整理に先立って実施した勤務評定でも「勤務態度にやや問題あり」、「雇用期間満了をもって退職しても補充不要の場合」等と評価されている(なお、従業員の勤務評価については使用者の合理的な裁量に委ねられているところ、本件全疏明(ママ)によるも、債務者の債権者に対する前記評価が不合理なものであったとの事情は窺われない。)。そして、右評価等に基づいて、本件雇止めがなされたものである。
 以上の経緯に照らせば、債務者が、債権者を本件雇止めの対象者として人選したことについては合理性があるといいうる。
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
 債務者は、次期定期社員契約締結予定日の一〇日前である平成五年一一月一〇日に、会社の経営状況や人員整理の必要性等について、債権者を含む定期社員全員を集めて説明し、次回の期間満了日である翌平成六年五月二〇日以後は雇用継続を保障できない旨説明した。更に、債務者は、同年一二月二一日に、雇止めの対象者となった債権者らに個別的に面接し、あらためて会社の状況や人員整理の必要性について説明し転職先を斡旋するなどしたものである。また、本件雇止めの意思表示から雇用期間満了に至るまでの間も、債権者の要求により、同人と債務者側担当者との間で本件雇止めについて話し合いが持たれ、再度債務者側から債権者の雇用確保が困難である等の説明や説得がなされている。
 そして、前記のとおり、債務者が人員整理のため平成五年四月以降行った一連の退職や転職の要求に対しては、債権者以外の定期社員及び特別社員は概ねこれに応じて、任意に退職ないし転職している。したがって、当時の債務者松本事業所における経営悪化や人員整理の必要性については、大多数の従業員の了解が得られるような説明がなされていたことが窺われる。
 右によれば、債務者は、債権者ら定期社員に対し、人員整理の必要性等について了解を得るため、説明、協議すべき義務を相当程度尽くしたということができる。