全 情 報

ID番号 06804
事件名 慰謝料請求事件
いわゆる事件名 大阪(会社会長)セクシュアルハラスメント事件
争点
事案概要  会社会長による女性従業員に対する身体接触等のセクシュアルハラスメントは不法行為を構成するとして、会長に対し損害賠償の支払を命じた事例。
参照法条 民法709条
民法710条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 1996年4月26日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 1949 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1589号92頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 三 前記認定事実を前提として、被告Yの責任を検討する。
 1 職場で行われる相手方の意思に反する性的言動の全てが違法性を有し、不法行為を構成するわけではない。社会的にみて許容される範囲内の行為も自ずからあろう。違法性の有無を決するためには、行為の具体的態様(時間、場所、内容、程度など)、当事者相互の関係、とられた対応等を総合的に吟味する必要がある。行為の態様は一見悪質でも悪ふざけの類として許される事案もあれば、行為の態様は軽微でも、被害者が置かれた状況等によっては、その人格を侵害し、重大な損害をもたらすものとして、厳しく指弾されなければならない事案もある。
 2 これを本件についてみるに、前記認定事実及び《証拠略》によると、被告Yは、被告会社の会長であり、原告は、入社早々でまだ正社員にもなっておらず、会社内部の事情にも疎かったものであって、被告Yの機嫌を損なうと、雇用関係上、いかなる不利益を受けるか分からず、極めて不安な状況にあったうえ、被告Yは、原告の車に同乗してきたものであり、その言動を咎めだてする者はなく、原告において、被告Yの言動をさける術がなかったものであるところ、原告は、夫と離婚し、その手で二人の子供を養っていたものであって、被告会社で働く必要があり、被告Yの言動に逆らうことが憚れたため(被告Yは、原告の立場を十分認識し、問題の言動に及んだものである)、被告Yの言動に不快感を覚えつつも耐えざるを得なかったものである。
 これらの事実に鑑みると、被告Yの前記一4の行為は、行為の態様自体はさして悪質ではないものの、偶発的なものではなく、原告に対し再発の危惧を抱かせるものであり、その人格を踏みにじるものであるから、社会的にみて許容される範囲を越え、不法行為を構成するというべきである。
 なお、被告らは、被告Yは代表権を有していない名ばかりの会長であって、人事権はなく、原告に対する業務命令権を有していなかったというが、入社早々の原告がそのような事実を知っていたとは思われず、仮に知っていたとしても、被告Yは被告会社の創業者の一人であり、その息子が専務を勤めていることからすると、原告が抱いた雇用関係上の不安は解消されるものではない。
 四 被告会社の使用者責任
 被告Yは、外形上、原告が職務を遂行中、少なくとも「被告会社の会長として、原告が早く業務に慣れてくれるようにと親切心から、アドバイスのつもりで同乗し」(答弁書)していたものであって、本件における被告Yの行為は会長の職務とは無縁ではなく、しかも、前記二認定のとおり、同行為は被告会社の会長としての地位を利用して行われたものであるから、職務との密接な関連性があり、事業の執行につき行われたと認めるべきである。
 なお、被告会社は、被告Yが名目的な会長であったことから、原告に対して有する優越的な地位を利用したものではないと主張するが、被告Yは被告会社にほとんど毎日出社しており、朝の朝礼にも参加するほか、社員の行儀等の教育も行っていたものであり、本件についても、被告Yが原告に対し、道順を教えた帰途に行われたものであるから、被告会社の主張は採り得ない。
 五 原告の損害
 1 被告Yの前記一4の行為は、一回的なもので、反復・継続的なものではなく(ただし、原告が会社を辞めない限り、同様の行為が繰り返される不安はあった)、また、原告の明示的な拒絶を無視してなされたものではなく、態様も必ずしも悪質ではないが、原告と被告Yはそれまで交際をしていたわけではなく、したがって、本件行為は、原告に対する余程の侮りがなければなし得なかったものであって、原告が受けた精神的苦痛は甚大であり、被告Yは、立場上その手を払退けることが叶わなかった原告の屈辱を余所に、男慣れしていると思ったなどと嘯き、いまだ謝罪の意思も明らかにしていないものであるから、その他本件記録から窺える一切の事情を考慮すると、原告の精神的損害に対する慰謝料は、八〇万円と認めるのが相当である。