ID番号 | : | 06809 |
事件名 | : | 従業員地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 駸々堂事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 経営が悪化した会社が他の会社と合併することになり、人件費圧縮方策のひとつとして、新しい社員契約を締結することとし、労働者の合意を得て契約を締結したが、後に労働者が錯誤によるものと主張したことにつき、右錯誤は認められず有効とした事例。 就業規則の変更による労働条件の不利益につき、合併先企業の内容を参考に変更し、代償措置としての慰労金も支給されているとして、合理性ありとした事例。 私傷病により長期欠勤していた労働者に対する雇止めにつき、社会通念上相当とは言えないとして、右意思表示を無効とした事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 労働基準法89条1項 労働基準法93条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 成立 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与 休職 / 傷病休職 |
裁判年月日 | : | 1996年5月20日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成6年 (ワ) 118 |
裁判結果 | : | 棄却,一部認容 |
出典 | : | 労働判例697号42頁/労経速報1601号21頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 田村洋・労働法律旬報1404号16~22頁1997年3月25日 |
判決理由 | : | 〔労働契約-成立〕 以上の点を総合すると、(一)の証拠をもって、原告が、新社員契約の締結に応じなければ、解雇されたり、退職することになり、被告の従業員たる地位を失うと誤信した錯誤に基づき新社員契約を締結する旨の意思表示をしたことは認めるに足りないし、仮に、原告が、右錯誤に基づいて右意思表示をしたことが認められるとしても、原告が、A店長に対し、これを表示したこと及び同人が原告に右錯誤のあることを知っていたとは認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないとはいえ、労働条件の集合的な処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを原因として、その適用を拒否することは許されないと解すべきところ(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、前判示の事実によれば、被告は、過去数年間にわたり、営業損失を計上し、年々その経営が悪化していたが、平成三年二月から同四年一月までの間に約一億六〇〇〇万円の営業損失を発生させ、同年七月には、約二億円の資金不足に陥り、銀行に対し、融資を求めたが、その際、銀行から、経営体質の改善のため、人件費の圧縮を求められ、被告もこれを承認した結果、融資が実現し、右経営危機は、当面回避されたものであり、定時社員を含む従業員の雇用を確保したまま、人件費を圧縮するため、新たな就業規則として、新規則を定めたものであって、この経緯には、雇用を確保したまま企業を存続するため、やむを得ない事情のあることが認められること、新規則の内容は、同年一二月一日に合併する京都B会社の定時社員規則が、雇用期間を定め、定時社員の時給額を六六〇円と定めていることを参考に定められたものであり、時給額を京都B会社の定時社員規則より一五パーセント増額して定めたものであること、被告は、新社員契約の締結による定時社員の損失を補填する代替措置として、慰労金の支払を約したところ、原告の場合、右慰労金額は、六〇万円であって、新社員契約の締結の結果予想される賃金減額分の一三か月分から一五か月分に相当する額であり、新社員契約の締結により定時社員の受ける不利益を相当程度補填するに足りる金額であることが認められ、右の事実によれば、旧規則から新規則への変更は、就業規則の変更としての合理性が認められるものと解するのが相当である。 以上によれば、原、被告間の新社員契約について、いずれにしても、新規則が適用されるものと解すべきであるので、新社員契約が就業規則に違反するということはできない。 〔休職-傷病休職〕 原告は、新社員契約の期間の満了日である平成五年一一月三〇日当時、症状も軽快し、その後、同年一二月二日、退院して約一か月の自宅療養後、平成六年一月五日には就労可能な状態にまで回復していた上、被告は、新社員契約の期間満了時である同年一一月三〇日の時点において、原告が復職可能な健康状態にあるか否かにより、新社員契約を更新をするか否かを決定する方針を採用していたにもかかわらず、原告から同年一一月一日付け診断書が提出された後、同月三〇日までの間、原告又は原告の主治医に対し、新たな診断書の提出を求めたり、会社の処遇上必要な資料であることを示して、その病状や就労可能性について、質問し、就労の可能性の有無を確かめたり、提出済みの診断書に基づき、原告の就労可能性について、医師の専門的意見を求めるなどして、原告が被告の業務に耐えられない状態にあるか否かを検討することなく、新社員契約の期間満了と同時に本件雇止めをしたものであり、以上判示の点に照らすと、本件雇止めにより、新社員契約を終了させることは、(一)の新規則の各規定の存在を考慮したとしても、原告にとって過酷であるといわざるを得ず、著しく不合理であって、社会通念上相当なものとして是認することができないものというべきである。 したがって、右意思表示は、その余の争点について判断するまでもなく、権利の濫用として無効となり、右意思表示によっても、新社員契約は、終了せず、右契約は、同年一一月三〇日限り、同一の約定内容で更新されたものと解するのが相当である。 (四) 以上のように、新社員契約は、当事者のいずれか一方から格別の意思表示がなければ、当然更新されるべき労働契約であったものと認められるところ、その後、新社員契約について終了事由があった旨の主張立証はない。 したがって、原、被告間の新社員契約は、その後消滅することなく、期間の満了毎に更新され、現在に至ったものと認められる。 |