全 情 報

ID番号 06815
事件名 地位保全仮処分申請事件
いわゆる事件名 丸子警報器(雇止め)事件
争点
事案概要  二か月の期間で雇用されその契約を反復更新されてきていた女性臨時社員が、期間満了を理由に更新を拒否され、それを違法として従前と同一の労働契約による地位確認を求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 1996年6月6日
裁判所名 長野地上田支
裁判形式 決定
事件番号 平成8年 (ヨ) 13 
裁判結果 認容
出典 労働判例697号37頁
審級関係
評釈論文 浅倉むつ子、今野久子、深谷信夫、盛誠吾、山田省三・労働法律旬報1387号6頁1996年7月10日/中嶋士元也・ジュリスト1125号151~153頁1997年12月15日
判決理由 〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 正社員との賃金格差をめぐり労使が対決姿勢を強めている中で本件雇止めの通知がなされたことに加え、希望退職者(雇傭契約の更新を希望しない者)の募集など摩擦の少ない人員削減方策を経ることなく直ちに前例のない一方的な通知による雇止めという手段に出たものであることも争いないところ、人員削減という見地だけから考えるならば、希望退職者の募集などの穏健な方法をまず採用してみることは十分に合理性があると考えられること、さらに、債務者がこのような一方的雇止めを企図するに至ったのがいつの時点かは必ずしも明らかでないが、少なくとも従業員側にそのような措置もあり得ることを明らかにしていた事実は疎明資料からは全くうかがえないことなどに照らすと、債権者らが本件雇止めを、別件損害賠償請求訴訟に一部敗訴したことを契機に債権者ら組合員に対する何らかの害意をもって敢行したものと受け止めたことは、債権者らの心情としては無理からぬところと言わなければならない。
 2 しかしながら、債務者がかねてから人員削減も含む経営合理化に迫られていた事実も、疎明資料により一応認められるところである。そして、現実に雇い止めがなされた者は組合員ばかりでなく、むしろ対象者八名のうち非組合員が大半の六名であったし、その対象者八名を、正社員の定年との比較から満六〇歳を超える者という基準で選定したということも、一方的な選定における選定基準の問題として考える限りは、それなりに理屈の立つものであったと言える。
 してみると、前述の如き事情があるからといって、直ちに、本件雇止めを組合員に対する害意に出たものでその動機からして当然に権利の濫用であると断ずることはできない。〔中略〕
 債権者らは、債務者に雇傭される際、雇傭期間については二か月が前提であってもその更新が当然予定され、希望すれば長期間勤務できるような話がなされていたと主張するが、契約の当然更新や希望による長期間勤務の保障の合意が雇傭の当初あるいは雇傭後のある時期に明確になされたかという点については、債権者ら自身もそのように端的に主張するわけでもなく、またその疎明もない。したがって、双方の明示的な合意を根拠に、期限の定めのない契約あるいはそれに類する契約形態であったことを認めることはできない。
 3 しかしながら、少なくとも、会社の都合が生じた場合二か月ごとの期限を区切りとしていつでも辞めてもらうことになるとの趣旨の説明がなされた事実は、疎明資料上認めることはできないし、現に、多数の臨時社員を擁していた債務者の工場において、債権者らを雇用する前もそれ以後も、会社側からの一方的な雇止めは全くなかったことからして、債権者らに、継続的な勤務が可能であるとの期待を、当初の就職以後今日まで一貫して抱かせていたことは疑いないところである。そしてこうした期待のもとに、債権者Aはすでに一九年、債権者Bは一六年という長期間の勤務を継続しているのであって、この事実をふまえるならば、債権者らの雇傭形態は、その実質においては、もはや期限の定めのないものと類似の状態に至っていると見るべきである。したがってその雇傭の継続には一定の法的な保護が与えられてしかるべきである。〔中略〕
 1 そこで、本件雇止めが許容される要件について検討する。
 右のとおり期限の定めのない契約と類似の状態に至っているとはいっても、雇止めが許容される基準が、期限の定めのない契約における整理解雇の要件と全く同一に扱われるべきものとは考えられない。ことに、雇止めが許容される経営上の危機の程度については、整理解雇が許容されると同程度に企業が差し迫った危機に瀕した場合でなければならないとすることは、本件の債務者に酷な結果を強いることになり妥当でないといわなければならない。〔中略〕
 2 右に述べた経営危機の要件に比べ、解雇回避の努力や事前の労使協議の必要性については、本件雇止めにおいても十分に尊重されなければならない。けだし、それらの要件の充足を求めることは、債務者が臨時従業員制度を設けたことの意義を没却するほどにその政策に本質的に抵触するものとはいえないし、その一方で、これらの要件は、労使間の信義則という観点からして、雇止めの対象とされた債権者らにとって誠に重要であるからである。
 これらの要件が、本件で充足されていないことは争いがない。解雇回避努力については、債務者は、従前から社外工の削減や外注の廃止などの努力をしてきたと主張するが、本件雇止め回避のための具体的措置として、配置転換、一時帰休、希望退職者の募集などを何ら行っていなかったことは債務者も認めるところである。
 3 解雇回避措置のうち特に指摘しなければならないのは、希望退職者の募集が全くなされなかったことである。〔中略〕
 雇止めに関して労使間に説明、説得等の協議がもたれなかったことについても、全く同様の問題がある。なお債務者が本件雇止めの決行を検討したと思われる本年三月ころは、別件損害賠償請求訴訟の第一審の判決言渡しの前後であり、労使間が緊張し、ことに組合員との間では対立状態が続いていたと推測されるが、そのことがこうした協議の必要性を免除するものでないことは他言を要するまでもないところである。
 4 なお債務者は、正社員の定年にならって六〇歳以上の者を雇止めの対象者として選定したことに関係して、少なくとも六〇歳に達した以降は、期間満了により雇止めがあり得ることは労使双方の当然の前提となっており、雇止めがなされないとの信頼関係は存しないと主張するが、今回雇止めの対象とされた八名は、六〇歳を超えた後も契約の更新を続けてきたわけであり、その期間は最年長者で丸九年間にも及ぶところ、六〇歳を境に雇止めの問題が債務者から持ち出された事実も、また、一般的にそうしたことが労使間で問題とされた事実も疎明資料上うかがうことができないのであって、債務者主張の右「前提」を認定ないし推認することはできない。
 あるいは債務者の右主張は、臨時社員に対し六〇歳を過ぎても雇止めを行い得ないならば、雇用期間の点で正社員より厚く保護されることになり不当であるとの趣旨を訴えているものととらえることもできよう。しかし、債務者においては、正社員と臨時社員とは、給与の額も給与体系も異なる別個の雇傭形態であることは疎明資料から明らかであって、そのように待遇差のある雇傭形態を設けることの自由も原則的には債務者に許容されていると考えられるから、雇傭期間の点のみをとらえて単純に正社員と比較し、保護の不均衡を指摘することは許されないというべきである。
 5 以上のとおりであって、解雇回避の措置を講じていないこと及び労使間の協議がなされていないことから、本件雇止めは信義則上許されるものでなく、無効と言わざるを得ない。したがって債権者らは、現になお債務者の臨時社員たる地位を有するものとして、被保全権利の存在が認められる。