ID番号 | : | 06817 |
事件名 | : | 遺族補償年金給付等不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 三田労働基準監督署長(東日印刷)事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 印刷会社の交替制勤務に従事していた従業員が、勤務時間中に虚血性心不全で死亡したことにつき、その遺族が、死亡と業務との間に相当因果関係があるとして、労基署長の不支給処分の取消しを求めた事例。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法7条1項 労働基準法79条 労働基準法80条 労働基準法75条 労働基準法施行規則別表1の2第9号 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等 |
裁判年月日 | : | 1996年6月13日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成4年 (行ウ) 209 |
裁判結果 | : | 認容(控訴) |
出典 | : | 時報1571号137頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕 五 Aの死亡と業務起因性 前記「争いのない事実等」の各事実及び右一、二の認定事実を総合すれば、Aの死亡の業務起因性については、次のとおり判断することができる。 1 業務の過重性について (一) B会社の印刷部の印刷作業は、通常勤務体制下においては、夜勤と日勤を繰り返す交替制労働であって、生体リズムに反するものであって、作業内容も肉体的・精神的に疲労度が高いものであったが、Aは四六歳になってから印刷部に配転となり、要領よく仕事をこなせるまでには至っていなかったのであるから、長い間軽作業に従事してきたAにとっては、通常勤務体制下の勤務が肉体的にも精神的にも負担であったことは否定できない。しかし、通常勤務体制においては、五日間に三回の割合で定期的に自宅で夜間就寝することができていたのであり、Aにとって、右配転から死亡までに約一年七カ月が経過しており、作業の一応の手順等には慣れていて、妻である原告に日常的に疲労感を訴えるような状況になく、右配転以前から治療を受けていた糖尿病は良好にコントロールされており、健康診断でも他に異常はなく、自覚症状もなかったことからすると、通常勤務体制下の業務による負担が、本件動脈硬化症による虚血性心不全を発症させたり、促進させる原因になったものと認めることはできない。 (二) ところで、特別勤務体制下の業務についてみると、労働者は第三日目の午後四時から第五日目の午前四時まで三六時間拘束され、その間、五時間づつ二度の仮眠をはさんで二六時間勤務に従事することになり、勤務終了後入浴、休憩などに時間をとられるので、右仮眠時間まるまる仮眠できるわけではなく、また、通常勤務の場合、第四日目の午後四時に日勤終了後、自宅で二晩続けて睡眠できるのに対し、特別勤務の場合は、第五日目の午前四時に特別勤務を終了して帰宅することになって、完全に昼夜逆転の状態となり、かつ、自宅では一晩しか睡眠をとれないまま、通常勤務に戻るというもので、その労働時間は、相当に過酷であったといわざるをえない。また、その作業内容は、肉体的疲労度及び精神的緊張度の高い金杉工場における通常の印刷作業に加え、Aは、特別勤務体制下においては、越中島工場において、より一段と肉体的負担の大きい印刷機の清掃業務にのみ長時間従事していたものであるが、そればかりでなく、両工場の間のバスによる移動によっても肉体的、精神的負担が加わり、さらに、特別勤務体制が一般的に疲労度の高い夏季に向けて開始されたこともあって、特別勤務体制下のAの業務は、客観的に見て、肉体的、精神的な負担の大きい過重な態様であったものということができ、年齢が比較的高く、作業に習熟していないAにとって他の作業員よりも過重負荷が大きかったものと認めることができる。 (三) なお、別紙第3表のAの死亡前一〇日間の勤務状況をみると、Aは、昭和六三年九月一一日三時五〇分から同月一三日一六時まで及び同月一六日一六時三〇分から同月一八日一六時までは業務に従事していないが、当時、特別勤務体制に入ってから約二カ月を経過していて、一〇日ごとの特別勤務日を既に七回も経験していたのであって、前記死亡前のAの言動と照らすと、そのころのAは慢性的な蓄積疲労の状態にあって、右程度の休息によって完全に疲労を回復することができたといえる状態であったとはいいがたいというべきである。 2 Aの有する他の危険因子について Aは昭和六〇年に動脈硬化症の危険因子の一つである糖尿病と診断され、以後、食事療法及び投薬等の治療を受けていた。しかし、前記各医師の所見によれば、Aの糖尿病は罹患期間が短く、食事療法や投薬により血糖値は良好にコントロールされており、死亡直前の健康診断時には血糖値が上昇していたものの、死亡後の解剖でも糖尿病は「疑わせる程度」であったことからすれば、Aについては、糖尿病は動脈硬化症の発症原因ないし促進因子としての意義は少ないものと認められる。また、死亡直前の健康診断で、Aについて高血圧、高脂血、肝機能障害が指摘されているが、いずれもその数値はそれほど高くなく、また、死亡一年前の健康診断では異常は指摘されておらず、数値の悪化は固定的ではないことからすると、これらの本件動脈硬化症の発生ないし促進に対する影響は少ないというべきであるし、業務の過重性による蓄積疲労の結果、これらの数値が上昇した可能性も否定できない。 3 相当因果関係について 以上によれば、Aは、通常の勤務体制の下でも肉体的、精神的負担のある業務に従事していたところ、昭和六三年六月ころから開始された特別勤務体制下において、継続的に過重な業務に従事し、この過重な業務が恒常的な肉体的精神的な過度の負担となり、冠状動脈硬化症を自然的経過を超えて増悪させた結果、虚血性心不全を来たし死亡したものと認められる。そして、右認定の特別勤務体制下の業務の過重性、死亡前のAの疲労状態、Aの基礎疾患の内容等を総合すれば、死亡と右業務との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。 4 被告の主張について 被告は、いわゆる新認定基準(労働基準局長の通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成七・二・一基発第三八号)に照らして、同僚との比較においてAの業務が過重でないこと及びAについて死亡一週間前に突発的出来事が不存在なことから、業務とAの死亡との間の相当因果関係は認められないと主張する。しかし、右新認定基準の「認定要件の運用基準」に照らしてみても、Aの特別勤務体制下の業務は「日常業務」、すなわち「通常の所定労働時間内の所定業務」に比して恒常的に過重であるし(別紙第4表)、Aの拘束時間や実労働時間は、同僚労働者と比較して過重であったとはいえないものの、右同僚労働者らはAに比べて印刷部における経験年数が一〇年ないし二〇年も長いこと、Aは中年になってから印刷業務に配転になったことや死亡当時四七歳であったこと、特別勤務体制下では越中島工場において、同僚より過重性の大きい業務に従事していたことを考慮すると、同僚に動脈硬化症による虚血性心不全の発症者が認められなかったからといって、そのことから直ちに、Aの特別勤務体制下の業務が特に過重でなかったということはできない。また、本件の場合は、右認定基準の認定要件(1)ロに該当する場合であるから、発症一週間前に突発的出来事が存在する必要はないものである。したがって、被告の右主張は採用できない。 |