全 情 報

ID番号 06842
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 社団法人神田法人会事件
争点
事案概要  定年制を定めた就業規則は存在せず、定年により退職したという扱いはできないとした事例。
 遅刻等を理由とする懲戒解雇につき、権利濫用に当たり無効とした事例。
 会社が賞与の支給額を決定しておらず、賞与請求権は発生していないとした事例。
 本件賃金の査定については、会社の人事考課の裁量権の範囲内にあり、差別扱いの不法行為は成立しないとした事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
労働基準法89条1項9号
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
退職 / 定年・再雇用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
裁判年月日 1996年8月20日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 12502 
裁判結果 認容,一部棄却,一部却下(控訴)
出典 労働判例708号75頁/労経速報1613号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-定年・再雇用〕
 一 争点1(被告Y1法人会に定年退職制度が存在するか)について
 1 (証拠・人証略)によれば、被告Y1法人会では、昭和五〇年二月二一日開催の総務委員会に就業規則、職員給与規定、職員旅費規定の各案が提出されたが、可決されず、次期委員会までに検討することとなったこと、昭和五一年の夏ころ、Aは原告や当時の総務委員長であったBの指示を受け、就業規則等の原稿を手書きで清書し、清書した就業規則(〈証拠略〉)を被告Y1法人会の金庫に保管したこと、(証拠略)はその写しであることが認められる。
 被告らは、右総務委員会後、同委員会の正副委員長が就業規則、事務局員給与規定、事務局員退職金規定の成案を作成し、その内の就業規則と退職金規定は会長の決裁を経て施行されるに至ったもので、(証拠略)が右制定された就業規則であると主張し、(証拠・人証略)には、右主張に沿う部分がある。
 しかし、被告Y1法人会の定款二三条には「委員会および事務局の運営に関する規定は、理事会の決議を経て会長が定める。」と規定されており(〈証拠略〉)、被告ら主張の就業規則制定方法は理事会の決議を経ておらず、右規定に反し、また、右総務委員会の「次期委員会までに検討する。」との決定にも反すること、会長が決裁したことを裏付ける客観的証拠がないこと、(証拠略)には昭和四九年八月一日に制定あるいは実施された旨、被告ら主張の制定・施行時期と異なる記載がされていること、被告Y1法人会は、被告らが就業規則が制定されたと主張する後も、現在まで、被告Y2、Aら数名の五五歳を超える職員を雇用してきたこと(当事者間に争いがない)、(証拠略)は被告Y1法人会の金庫に保管され、(証拠略)は被告Y2がもっぱら使用し、勝手に書き込みをしていて、被告Y2の私有物と認められ、就業規則として職員等に開示されていなかったこと(〈証拠・人証略〉)からすれば、右(証拠・人証略)の記載部分は信用できず、他に、就業規則の成立を認めるに足りる証拠はない。よって、被告Y1法人会では、昭和五〇年ころに就業規則案が検討されたが、そのまま成立することなく今日に至ったものであり、(証拠略)は、右検討時の原案にすぎないと解するのが相当である。
 なお、被告らは、定年年齢を超えて雇用した職員はいずれも事務局長であり、被告Y1法人会では、事務局長以上の役職者については定年制を除外する運用がなされていたと主張し、被告Y2及び(人証略)もその旨供述するが、被告Y1法人会の定款(〈証拠略〉)によれば、事務局長も職員であることが認められるところ、特別の規定がない限り、就業規則で規定された定年制は、役職者であるか否かにかかわらず職員全員に公平に適用されるものであるから、事務局長といえども、定年年齢を超えた者が勤務してきた事実は、被告Y1法人会に定年制が存在しないことを推認させるものである。
 2 また、被告らは、就業規則の有効な成立を前提とする給与規定・嘱託規定が成立した時点で、就業規則は明示あるいは黙示に追認され、手続上の不十分性は治癒された旨主張するが、互いに関連する規定であっても、成立時期が前後することはありうることであり、給与規定等の成立により、当然、就業規則が成立したとみなすことはできず、また、本件ではそもそも就業規則が制定されたと認められないのであり、制定過程の手続き的瑕疵の事案ではないから、被告らの右主張は失当である。
 3 以上のとおり、被告Y1法人会において、定年退職制を定めた就業規則が存在する旨の被告らの主張は認められず、原告が定年により退職になった旨の被告らの主張は理由がない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 〔1〕被告Y1法人会には、原告以外にも、原告と同様の回数遅刻を重ねている職員が一、二名いるが解雇されておらず、その内の一名は、事務局次長になっていること(〈証拠・人証略〉)、被告Y2ら被告Y1法人会の理事は、昭和六三年七月五日、原告に対し、後四年で定年になるからとして即時退職を迫り、原告がこれを断るや、翌年以降、原告の昇給を凍結するとともに賞与額を大幅に減額し(〈人証略〉)、前記のとおり、平成四年には制定されてもいない就業規則を根拠に原告に定年退職を通告したこと、被告Y1法人会は原告以外の職員に対しては、事務局長であることを理由に定年年齢を無視して雇用し(前述)、あるいは平成二年になって嘱託規定を制定して、原告以外で満五五歳を迎えた職員は嘱託として採用(〈証拠・人証略〉)していることを総合すると、本件各解雇は信義則に反し、権利の濫用というべきである。従って、被告の主張する本件各解雇は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも無効である。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 3 原告は、夏季賞与及び冬季賞与の支払も請求するが、(証拠・人証略)によれば、被告Y1法人会においては、各賞与の金額は毎年六月の査定で決定され、その額は夏季は基本給の一・七カ月分、冬季は基本給の二・八カ月分が基準とされているが、査定に応じて、右月数を下回ることも頻繁であり、また、前年度より支給額が減額されることもあることが認められ、右各賞与は、従業員の地位に基づいて当然に特定額の賞与請求権が発生するものではなく、被告Y1法人会の査定をもって支給額が確定するというべきであるから、被告Y1法人会の査定がされて具体的な支給金額が決定されない以上、各賞与支払請求権の発生は認められない。
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 争点3(賃金差別等による不法行為は成立するか)について
 1 人事考課も使用者のもつ裁量権を著しく逸脱するなどした場合は、不法行為が成立することもありうるところ、(証拠・人証略)によれば、原告に対する査定がかなり厳しく、その勤続年数に比して給料が相当低額に抑えられていることが認められ、前記のとおり、被告Y1法人会は原告の排除を相当強く望み、制定されてもいない就業規則を根拠に原告に定年退職を通告するにまで及んでいることも合わせ考えると、被告Y1法人会の原告に対する考課が公正であったかについては疑念も生じないわけではない。しかし、原告の勤務成績、勤務態度が前記認定のとおり非常に悪いこと、原告が比較対象者としているAは、勤務年数及び年齢こそ、原告とほぼ同じであるが、勤務成績・勤務態度は職員の中では最も良い方であり、遅刻も殆どしたことがなく(〈証拠・人証略〉)、平成二年には事務局長に就任しているのであって、勤務成績、勤務態度において原告との間に著しい格差が存することからすれば、被告Y1法人会が、昇級、賞与等の査定にあたって、その裁量権を著しく逸脱しているとまで認めることはできない。よって、原告の主張は理由がない。