全 情 報

ID番号 06865
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 江東運送事件
争点
事案概要  被告会社でタンクローリー車の入庫誘導や防犯点検のための事務所等の巡回等を行ってきた者が、労働者であるとして夜間の勤務についての深夜割増賃金等を求めて争った事例。
参照法条 民法623条1項
労働基準法9条
労働基準法37条
労働基準法32条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 委任・請負と労働契約
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 仮眠時間
裁判年月日 1996年10月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 1734 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例706号37頁/労経速報1617号3頁
審級関係
評釈論文 橋本陽子・ジュリスト1118号128~130頁1997年9月1日
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-委任・請負と労働契約〕
 原告の本件契約に基づく勤務内容は、被告ローリー部所在地でのタンクローリー車の入庫誘導、防犯・点検のための事務所・敷地の巡回、防犯装置作動時の対応等の監視、閉門以後の事務所内事務等であったこと、右業務内容については、原告の裁量によることのできる部分がなく、基本的には、被告の指示によって業務内容が決定されていたこと、勤務時間については、原告の裁量の余地は全くなかったこと、かつてタンクローリー車のトルエンの窃盗犯が増加した時期においては、被告が原告に対して見張りや警察への連絡の指示を行っていたこと、業務用の夜光チョッキ等は被告から支給されており、その他の業務用の道具類も被告から支給されていたこと、給与は、年毎に改定されてきており、昭和六四年以降は請求原因6のとおりに増額されてきたほか、通勤手当も支給されてきたこと、原告の給与からは被告によって源泉徴収がなされ、社会保険料も控除されてきたこと、以上の各事実が認められる。
 2 〔中略〕原告の勤務場所、勤務時間及び勤務内容において原告に裁量の余地はなく、時間的・場所的な拘束の下に原告が労務を提供してきたものであり、突発的な事態に対する個別具体的な対処についても被告の命令に従うことが要求されており、これに対する対価の金額決定及び支払形態も通常の労働契約における賃金支払と異なるところがないことが明らかである。したがって、被告と原告との間には、労務提供を主たる内容とする本件契約に基づく使用従属関係があったものというべきであって、本件契約の法的評価としては、これは労働契約に属するものと認めるべきである。〔中略〕
 先に認定のとおりの本件契約に基づく原告の勤務実態等に照らすと、右のような労働協約の存在や原告が定年年齢を超過した年齢時に本件契約を締結したこと等の事情をもっても、原告と被告との間の本件契約の法的性質が労働契約に属するものであると判断することの妨げとはならない。また、本件契約及びこれに基づく労務の提供形態においては、準委任契約に固有の要素としての労務提供者の独立性及び裁量性がなく、労務提供の対価の支払についても、準委任事務としての報酬の金額決定及び支払形態とも著しく異なる様相を呈するものである以上、本件契約を準委任契約であると判断することはできない。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 給与明細書(証拠略)、給与支給明細書(証拠略)によれば、原告が被告から支給されていた賃金には、「基本給」と「通勤手当」の区分しかないことが認められる。そして、この基本給のうち、どの部分が被告主張のような宿日直手当部分に相当するのかを判別することは、全くできない。また、被告原告間において、労働基準法所定の計算方法による割増賃金の額が被告の認識するところの宿日直手当の額を上回る場合に、その差額を支払う旨の合意がなされていたことの主張・立証はなく、実際問題として、被告主張のような宿日直手当込みの賃金総額の定めがあるのみでは、右差額計算をすることが不可能であるから、結局、仮に被告主張のような賃金支払合意がなされたのだとすると、その合意部分は、労働基準法三七条三項に抵触するものとして無効である。
 そして、右賃金合意部分は、たしかに労働契約の本質的部分を構成するものであって、意思表示の要素に該当するものではあるが、労働契約の特殊性に鑑み、賃金支払合意部分に関する意思の齟齬があっても、そのことが労働契約である本件契約全体の錯誤無効をもたらすことはなく、現実に、原告が本件契約に基づく労務を提供し、被告がこれを受領したものであることについては当事者間に争いがないのである以上、その労務に対する対価相当額は、不当利得金としてではなく、賃金として原告に支払われてきたものであるし、支払われるべきものであると判断する。
〔労働時間-労働時間の概念-仮眠時間〕
 原告の労働時間につき判断すると、原告の日々の勤務開始時刻が午後七時であり、勤務終了時刻が翌日午前六時であることは、当事者間に争いがないが、被告は、午後一一時から翌日午前五時までの間は睡眠時間であった旨を主張する。
 しかしながら、午後一一時から午前五時までの間、原告は、時間的にも場所的にも拘束された状況下にあり、かつ、具体的な状況ないし必要に応じて、その時間帯においても防犯装置への対応や盗犯防止の見張り等の業務が求められ、少なくとも、そのような業務ができるようにしておくことが要求されているのであって、本件契約に基づく労働から解放されているわけではない。
 したがって、右時間帯における原告の勤務は、睡眠時間ではなく、労働時間として扱うべきである。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 原告は、被告との間において労働契約関係にあるものであるから、原則として、原告に対しても被告就業規則の適用があるといわなければならない。
 しかしながら、被告就業規則を仔細に検討すると、被告就業規則は、専ら昼間労働に従事する従業員を前提にするものであって、それ故に、深夜労働に対する割増賃金率等も比較的高率に定められており、本件原告のような専ら夜間勤務に従事する従業員の存在を前提にしてはおらず、被告就業規則の他の条項全部及び前記労働協約上の諸規定を綜合的に検討してみても、原告のような専ら夜間勤務に従事する従業員に対する割増賃金の支払を予定するものではないことが認められる。
 かかる場合、原告主張のように、被告就業規則中の関連規定を類推適用することも一つの考え方ではある。しかし、右に判示のとおり、被告就業規則二五条は、専ら昼間労働に勤務する従業員を前提にするものであって、原告のように専ら夜間勤務に従事し、そのため、必然的に休日の前日午後七時に勤務を開始する場合には暦上の休日にまたがって休日である翌日午前六時まで勤務することにならざるを得ず、また、そのようなものとして労働契約を締結している者への適用を予想していない。しかも、右と同様の理由により、原告の労働に対しては、日々の勤務開始から勤務終了までの全労働部分(暦上の休日にまたがる労働部分を含む。)のいずれについても基本賃金が支払われていると認めるべきであるが、この点においてもまた、原告の労働形態は、専ら昼間労働に従事する被告従業員とは、その様相を大きく異にするものであると言わざるを得ない。したがって、本件原告の時間外労働に対して被告就業規則二五条所定の割増賃金率を類推適用すべき余地はないものと判断すべきである。
 要するに、本件においては、原告の深夜労働等に対する割増賃金の率を規律するための労働契約ないし就業規則に欠缺が存在することになるのであるが、この欠缺を補充するための法として、原告の日々の労働時間のうち労働基準法三七条三項所定の午後一〇時から翌日午前五時までの七時間につき、同条項所定の最低割増賃金率である二割五分を一律に適用するのが最も合理的である。