全 情 報

ID番号 06889
事件名 慰謝料請求事件
いわゆる事件名 東京セクシュアルハラスメント(広告代理店)事件
争点
事案概要  会社会長が女性従業員に対し、肉体関係や交際を求めるなどした行為が、人格権を侵害するもので不法行為に当たるとして、損害賠償の支払を命じた事例。
 会社会長による女性従業員に対するセクシュアル・ハラスメントにつき、会社も民法七一五条による使用者責任を負うとした事例。
参照法条 民法709条
民法715条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 1996年12月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 4102 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例707号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 二(ママ) 被告Yの責任について(争点2)
 1 被告らは、被告Yが、平成五年一月一四日の見舞いの際、原告にキスをしたのは、其の場の雰囲気や成り行きで何となくキスしたものに過ぎず、セクシャル・ハラスメントといえるものではなく、不法行為を構成しないと主張する。しかしながら、原告と被告Yが、当時までに部下と上司との関係を超えた特段のものとなっていたことを窺わせる事情は存しないし、当日の会話の内容その他の点からしても、原告にキスをするのが、その場の雰囲気や成り行き上自然であると思われる事情も、本件証拠上、見あたらない。
 また、被告らの、「職場において多少エッチぽい会話があったとしても、それは通常の良好な職場の環境の雰囲気である。それらの言動を一々セクシャル・ハラスメントとして扱うのでは、職場の雰囲気はぎすぎすしたものとなり、社員同志の情というものが失われた寂しい職場となる。」との主張の趣旨は必ずしも明確ではないものの、被告Yの話の内容が、社会的にみて許容される範囲を逸脱していないとする趣旨と理解できるが、話の内容それ自体からしても、第三、二(一)(1)において認定したとおり、遠回しではあるが、対価を支払うから愛人になるように求めた内容であったり、当然、肉体関係を結ぶことを前提とすると考えられる温泉旅行への誘いといった内容である上、本件においては、単なる冗談ではなく、実行を予定した話しであると十分推認できるものであるから、これが社会的に見て許容される範囲を逸脱していることは明か(ママ)である。
 2 前記認定にかかる被告Yの原告に対する一連の言動は、〔1〕肉体関係や交際を求めるといった、主に性に関わる内容であり、〔2〕その行為態様は、見舞いやドライブの際の行動に明瞭に現われているように、強引且つ執拗で、時間的にも、平成四年四月ないし平成五年四月までの間の長期間に及んでおり、〔3〕被告Yは、原告に対し、「好きな人にはのめり込む。」等と述べてはいるものの、原告に対する愛情を感じさせる事情は証拠上全く窺えず、逆に、原告が病み上がりであり、嫌がっているにもかかわらずドライブに連れていき、寒空の中を歩かせるなど、原告の体調や迷惑を顧みず、自己の気の向くままに行っているもので、悪質である。そして、このような言動は、被告Yが被告会社の会長であり、原告の上司であることから、原告が同被告の要求にあからさまに逆らえないことを利用して行われたものであると認められる。
 被告Yのかかる行為は、原告に対し、性的に激しい不快感を与え、同人の人格を踏みにじるものであり、社会的にみて許容される範囲を明らかに超えているから、不法行為を構成する。
 三 被告会社の責任(争点3)について
 1 (証拠略)及び被告会社代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に前記認定事実を総合すれば、被告Yは、A社長に経営方法や営業方法についての指導はしていたものの、業務遂行一般については、被告会社やA社長の指揮の下に行っていたことが認められ、実際にも被告Yが被告会社から賃金カットの処分を受けていることからすれば、被告会社は、実質的に被告Yに対する指揮監督関係が存したことが認められる。したがって、被告会社は、被告Yの使用者であるといえる。
 また、前記認定のとおり、被告Yは、勤務時間中、被告会社内部において、原告に対し、第三、二(一)(1)に認定した話をし、原告への見舞いは勤務時間中に行われ、被告会社の業務に関する会話がなされていた他、被告Yの一連の行為は、被告会社の会長ないし原告の上司としての地位を利用して行われていたものであるから、右一連の言動は、被告会社の職務との密接な関連性が認められ、事業の執行につき行われたと認められる。
 2 被告会社は、被告Yの選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたとするが、主張上も、証拠上もその具体的内容については、明らかにされていないので、理由がない。
 3 そうすると、被告会社は、民法七一五条の使用者責任を免れない。
 なお、原告は、管理者養成研修離脱後の事項についての不法行為をも問題としているようであるが、これらがそれ自体で独立した不法行為を構成するものではないと解する。