全 情 報

ID番号 06892
事件名 雇用関係存続確認等請求事件
いわゆる事件名 学校法人大商学園事件
争点
事案概要  私立高等学校の教師が体育の授業中に生徒を全裸にさせてプールで泳がせたことを理由にして懲戒解雇、予備的に普通解雇され、その効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法89条1項3号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
解雇(民事) / 解雇事由 / 職務能力・技量
裁判年月日 1996年12月25日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 4210 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 タイムズ946号198頁/労経速報1634号3頁
審級関係
評釈論文 星野豊・月刊高校教育37巻7号62~67頁2004年5月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 教師は、その教育に当たっては、生徒の人格を尊重し、たとえ生徒の非違行為に関して教育上必要があると認められる場合であっても、生徒の育成上その人格形成に悪影響を与えかねない手段による制裁(有形力の行使を含む。)を行うことは厳に禁じられており、教師がかような制裁行為により生徒に対して損害を与えた場合には、それが当該教師に対する何らかの懲戒の理由となることは当然であるというべきである。
 2 本件事件の性質
 (一) そこで本件事件を見るに、本件事件は、いわゆるクラブ推薦入学者であるという心理的抑圧下にあり、かつ、全く無抵抗の生徒Aが、正規の体育の授業中にたまたまその意に沿わない言動をしたことをもって、水泳部顧問という同人に対していわば絶対的な地位に立つ原告が、スタート用ピストルで同人を叩くという有形力を行使した上、さらに、同人に対し、級友の注視する中、全裸でプールを合計三四メートルにわたって泳ぐことを命じるという極めて屈辱的な行為を強制したというものである。
 原告の右各行為は、私立の男子校の授業中に行われたもので、かつ、電動スライドテントにより外部からは目撃できないという事情はあったにしても、刑法上の暴行罪及び強要罪にも問擬する余地があるばかりでなく、原告自身、本件事件後水泳部退部を申し出た生徒Aの保護者に対してクラブ推薦入学者であることを強調し、本件事件について責任を感じた言動がいささかも見られないこと、私学課からの通報に際してもB校長に反抗的な態度をとったり自ら私学課に赴くなど責任回避的と疑われてもやむを得ない行動をとっていること、本件事件が問題となった職員会議でも生徒Aがクラブ推薦入学者であることを引き合いに出した上で、本件事件は信念を持ってやった旨発言したことなどから窺えるように、本件事件について原告には当初全く反省の色がなく、本件事件が広く報道されてテレビ局の取材を受けるに及んで一転して反省の念を表明するに至り、また、春秋に富む生徒Aに多大の精神的衝撃を与え、本件事件を契機として同人をして二週間後の期末試験開始に至るまで不登校を余儀なくさせるという結果をもたらしたばかりでなく、本件事件後の原告の言動によっては、生徒Aの右登校拒否は本件学園からの中退という、同人の人生にかかわる重大な事件に発展する可能性もあった(生徒Aのその後の再登校については、原告自身の謝罪もさることながら、担任のC教諭の説得に負うところが大きいことが窺われる。)ものである。ことに、本件事件に関して生徒Aには特段責められるべき事情が見当たらない以上、本件事件は、そもそも、生徒Aの非違行為に対する制裁というべき性質を有するものですらなく、またその動機、手段、態様及び結果のいずれに徴しても許容の余地はない。
 ゆえに、被告が、本件事件をもって原告に対する何らかの懲戒を発動する理由となし得ることは明らかである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 本件事件は、その動機、手段、態様及び結果のいずれに照らしても許容される余地のないものであって、被告の原告に対する何らかの懲戒の理由となることは明かであるばかりでなく、原告自身の教育者としての適格性に疑問を残すものではあるが、他方、本件事件に対する懲戒処分としての本件懲戒解雇には、原告の被告に対する多年にわたる功績が一切斟酌されていないこと、新聞報道等の影響下に処分の決定を急ぎすぎたとの感を免れ難いこと、その就業規則の解釈及び適用に疑義が残ることから、なお、本件懲戒解雇は、原告のなした本件事件に比して懲戒の程度・手段としては重きに失し、社会通念上相当として是認できるものではなく、したがって、その余の点については判断するまでもなく、懲戒権の濫用に該当して無効であるというべきである。
〔解雇-解雇事由-職務能力・技量〕
 (一) 本件事件が原告の教師としての適格性に疑問を投ずるものであることは前記説示のとおりである。
 そこで、原告の水泳部指導の件について検討すると、被告による水泳部の指導を禁止する旨の通知等が正式になされたにもかかわらず、原告がこれを無視して水泳部の指導に当たっていることは、独断専行にわたる行動であるばかりでなく、被告の職場規律を乱すものとして許容されないものということができる(原告は、前記認定のとおり、平成七年三月三〇日、地位保全の仮処分を得たものであるが、そうだとしても、原告が水泳部の指導に当たることまで当然に認められるべきものではない。)。
 (二) したがって、原告のなした本件事件の性質、本件事件をめぐる原告の対応(ことに本件事件後の原告の言動)に、被告の通知に反する原告の水泳部指導行為を併せて勘案すると、原告は、教職員としてその職に必要な適格性を欠くものというべきであって、被告就業規則一二条三項、五項に該当し、また、特に本件事件の性質に照らすとき、本件通常解雇を解雇権濫用とするだけの事情は他に認められないから、本件通常解雇は社会通念上相当なものとして有効であって、原告は、平成七年五月三〇日をもって被告に対する労働契約上の権利を喪失したというべきである。〔中略〕
 本件事件に基づく本件懲戒解雇が前記のとおり無効だとしても、それは懲戒処分の程度が懲戒事由に比して重きに失するというにすぎず、原告が本件事件という懲戒事由を惹起したことにいささかの変動もないのであるから、被告が、本件懲戒解雇が無効とされた場合に備えて、原告の雇用者の立場から改めて本件事件を理由に通常解雇に付することを禁止する理由は見出し難く、また、このことが直ちに二重処分となるものではないことは明らかであるから、原告の右主張は失当であるを免れない。