全 情 報

ID番号 06946
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 東灘郵便局事件
争点
事案概要  年休の指定に関する就業規則上の「前日の正午までに、書面により」という要件は有効であり、本件指定はその要件を守っておらず、また事前請求ができなかった理由も示されていないとして、有効な年休指定のない無断欠勤であり、賃金請求権は発生しないとされた事例。
 三時間の年休請求について、午前のものに関しては、格別の業務の支障が生じるおそれがあったとはいえず、また午後に関しては、職務の代替が可能であったとして、上司による時季変更権の行使は無効であり、訓告処分と賃金カットは許されないとした事例。
参照法条 労働基準法39条4項(旧3項)
体系項目 年休(民事) / 時季指定権 / 指定の方法
年休(民事) / 時季変更権
裁判年月日 1997年5月20日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 1052 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例724号84頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔年休-時季指定権-指定の方法〕
 (一) 労働者は、労基法三九条一項、二項の要件を充足することによって当然に年休を取得する権利を有しており、使用者が同条四項の時季変更権を行使できる場合以外は、同項に定められている時季指定権を行使することによって年休を取得する。右時季指定権の行使の時期、方法について、同項には特に定められていないが、郵政省においては、就業規則八六条一項で前記第二、一4(二)(1)のとおり、行使の時期、方法について定めている。就業規則八六条一項が年休請求について時間的な制限を定めている点については、使用者に時季変更権を行使するか否かの判断をするための時間の余裕を与えるとともに、職員の勤務割を変更して代替要員を確保することを可能にすることで時季変更権の行使をできるだけ控えるようにする趣旨であると考えられる。また、同項が書面による請求を要求している点については、時季指定権の存否、時期及び請求の内容を明確にすることによって、年休の管理、運営を適正に行う趣旨であると考えられる。そして、右のように年休の請求を前日の正午までに書面で行うように定めても、これによって労働者の時季指定権の行使が著しく困難になるものではないから、年休の時季指定権の行使時期、方法の制限として合理的であるといえる。したがって、このような年休の事前請求に関する就業規則の定めは、労基法三九条四項に違反するものではなく、有効なものということができる。
 これを本件についてみると、原告が七月一七日に渡部上席に対してした申出は、「前日の正午まで」という時期の点でも、「書面により」という方式の点でも事前請求に関して就業規則で定める要件を具備していない。したがって、右申出は、就業規則八六条一項の事前請求としては無効なものである。
 (二) もっとも、突発的なやむを得ない事情により希望する日の前日の正午までに書面で年休請求をすることができなかったときに、請求が事前に書面でされていなかったという一事をもって、一切、有効な年休請求として認められないとすることは、場合によっては法の趣旨に沿わない結果となることがあり、有効な事前請求ができなかった場合であっても、それがやむを得ない事情に基づくときは、その事情が止んだ後に速やかに書面で請求をした場合には、使用者はこれを有効なものとして取り扱うよう配慮すべきである。事後請求に関する就業規則八六条二項の定めは、そのような場合の年休請求に関する手続について規律したものと理解するのが相当である。
 これを本件についてみると、前記認定のとおり、原告は、A上席との電話や翌日のB課長との電話の際に、有効な事前請求ができなかったことについての理由を何ら説明していないのであるから、例外的に有効な年休請求があったと認めることは困難であり、また、実質的にみても、原告がCとともに宿泊すべき必要性については必ずしも明らかでなく、原告において有効な事前請求ができなかったことについて、やむを得ない事情があるとまでは認められない(なお、〈人証略〉は、「やむを得ない事情」の判断にあたっては、休暇の目的を考慮しないとの前提に立ち、本件において原告に右事情が認められると受け取れる趣旨の供述をしているが、本来、事前請求における請求時期、方式の合理的な制限を有効と解する以上、その要件を具備しない請求が有効とされるのは例外的な場合であるから、その請求の当否の判断にあたっては、やむを得ない事情の有無の判断に際して休暇の目的を斟酌することも許されると考えられる。)。〔中略〕
 しかしながら、一九日の出勤時には、欠務の承認ができておらず、欠勤扱いがされていたとはいえ、その一事をもって直ちに事後の書面による請求ができない事由とはいえず、その他の前記認定の事実経過を考慮しても、原告において事後的に速やかに書面による請求をすることが客観的に期待できない状況にあったとまではいえない。
 (三) したがって、平成三年七月一八日の年休については、有効な年休請求があったものと認めることができない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、同日について年休が成立していることを前提とする賃金請求は理由がない。
〔年休-時季変更権〕
 原告の休暇によって事業の正常な運営が妨げられるかどうかの判断に当たっては、単に、本務の職員が原則として必要な数配置されていたかどうかではなく、非常勤職員等の応援状況も考慮して、なお、原告の年休により事業に現実的な支障が生じるおそれがあったかどうかを検討すべきである。
 (二) そこで、まず、原告の三時間の年休請求のうち午前中の部分について、検討すると、原告が午前中に担当すべきであった業務は三班の通配担務にかかる道順組立等局内作業の応援であったところ、右業務は本務者の補助作業であった上、当日の通常配達郵便物の数は普段よりも少なめであったこと、三班には本務者のほか、非常勤職員一名が補助で配置されていたこと(〈人証略〉)に照らすと、原告の休暇取得によって、格別の業務の支障が生じるおそれがあったとは認めることができない。〔中略〕
 そもそも当日の速達二区二号便の予定は、原告のほか、Dが充てられており、同人が非常勤職員で業務の熟達に欠けるところがあったとしても、Dのみでも配達準備及び配達の相当部分を処理することが可能であったと推認されるし、原告も午後二時一五分以降は、配達作業に従事することが可能であった。さらに、九日の時点で非常勤職員は通常よりも多い人数の配置が予定されていたこと、課長代理も三名の配置が予定されていたことを考慮すると、D及び出勤後の原告の作業で業務が遅滞する事態が生じ得たとしても、これは右非常勤職員及び課長代理の短時間の応援により解消できる範囲のものであったと推認することができる(現に、九日午後四時三〇分に年休を請求(事後請求)したEについては、同日午前の時点では速達二区一号便の担当が予定されていたが、年休請求が認められたため、DとF課長代理が応援に入りその担当すべき速達郵便を処理しており、Eの請求がなかった九日午前の時点では、午前と午後との差異はあるものの、Fないし他の課長代理の応援により、原告の職務は代替可能ではなかったかと考えられる。)。
 (三) そうすると、G課長のした不承認(時季変更権行使)は、その要件を欠き、適法とは認められない。
 三 本件訓告処分の適法性及び損害の有無(争点3)について
 右のとおり、原告のした三時間の年休請求に対する時季変更権の行使は効力を生じないものであるから、東灘郵便局長のした本件訓告処分は、その前提を欠くものであって違法であり、同局長には、右処分をするにあたって少なくとも過失があったといえる。しかしながら、本件処分によって原告が受けたであろう精神的苦痛は、本判決によって被告に年休分の未払賃金を支払う義務があることが明らかにされることによって慰謝されるものであるといえ、原告がそれ以上の精神的苦痛を受けたという事実を認めることはできない。