全 情 報

ID番号 06960
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 ヤマト運輸事件
争点
事案概要  貨物自動車運送業を営む会社で車両の整備・点検・管理等の業務に従事していた労働者が、会社の人事運用規程に基づく職務等級四級から五級への昇格が行われないのは、組合所属を理由とする不当な差別である等として、正当な人事考課が行われていた場合の賃金と現在の賃金額との差額相当額につき損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法709条
労働基準法3条
労働組合法7条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど)
裁判年月日 1997年6月20日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 307 
平成7年 (ワ) 481 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例721号37頁
審級関係
評釈論文 阿部浩基・労働法律旬報1415号58~60頁1997年9月10日/坂本宏志・平成9年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1135〕218~219頁1998年6月/石橋洋・法律時報71巻1号84~87頁1999年1月/中村和夫・労働判例723号6~12頁1997年11月15日/藤内和公・民商法雑誌118巻4・5号249~258頁1998年7月
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 1 原告は、被告が原告を五級に昇格させないこと、かつ、原告を整備管理者にしないことは、被告が、原告の雇用主として、原告を他の従業員と平等に取り扱うべき雇用契約上の義務に違反しているものであるから、被告には、原告に対して、本件雇用契約に基づき、原告が五級に昇格し、かつ、整備管理者に選任された場合に受けるべき賃金と現に支給されている賃金との差額を支払うべき義務があると主張する。
 しかし、雇用契約の内容は、法令、労働協約、就業規則等により一定の制限を受けることがあるほかは使用者と労働者との合意により定まるものであり、使用者が一般的に労働者に対して、他の労働者との均衡に配慮して処遇すべき雇用契約上の義務を負っているとはにわかに納得しがたい。労働基準法三条は、使用者が労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならないと定めているが、同法一三条が同法で定める基準に達しない労働条件を定める雇用契約は、その部分については無効とし、無効となった部分は同法の定める基準によるとしているのと対比しても、同法三条は、これに違反する使用者の行為を無効とすることがあるのは別として、直ちに違反状態に代わって特定の均衡状態を回復すべき契約上の義務を使用者に生じさせるものとは考えられない。同法三条に掲げられない事情、例えば労働者の能力、成績により異なって処遇することに妨げのないことはいうまでもない。証拠によっても、被告が原告に対してそのような義務を負担していると認めるには足りない。
 2 原告はまた、被告の人事考課に伴う裁量も、その許された範囲を逸脱したり、裁量権を濫用したときは、その結果としての査定や処遇が契約上許されないものとなり、債務不履行責任を負うとも主張する。しかし、いかなる債務不履行責任を負担することになるのか一向に明らかでないことはともかくとして、そのように抽象的な内容の雇用契約上の義務を認めることは、契約の一方の当事者である使用者に極めて困難な予測を強いることになり、結果が発生しないと義務違反であるかどうかわからないことにもなりかねない。証拠によっても、被告が原告に対してそのような義務を負担していると認めることはできない。
 3 労働組合法七条一号は、労働者が労働組合の組合員であること等の事情の故にその労働者に対して不利益な取扱をしてはならないと定め、これに違反する事態が生じた場合には、不当労働行為として同法の定める救済を求めることができるとしているが、その場合であっても、同条に違反する行為が私法上無効となることがあるのは別として、同条があるために使用者が処遇上の均衡を回復するための雇用契約上の義務を負っていると考えることはできない。
 4 原告の債務不履行の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 労働基準法三条にせよ、労働組合法七条にせよ、それらに違反する使用者の行為が私法上無効となることがあるからといって、使用者がそれらの定めに違反しないように何らか行為すべき雇用契約上の義務を負っていると考えることができないことは右に判断したとおりであるが、他方で、本件で主張される賃金上の処遇については、被告がその処遇制度上個々の労働者に対して一定の条件が整えば従前より良い条件のもとに待遇すること、あるいは一定の条件を失わない限り従前より悪い条件のもとに待遇されることがないことを具体的に期待させる取扱を続けていたような場合には、他に特段の理由もなく、特定の労働者をその期待に反して遇することがあれば、不法行為となる余地があるものとみるべきである。特に労働者に具体的な期待が成立している事情のもとで使用者が労働組合法七条一項(ママ)一号の定める事情によって特定の労働者を他の労働者に比し劣位に遇することは、労働者の期待権を侵害するものとして不法行為に当たるというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被告は、原告が原告所属組合の組合員であり、その重要な役職を歴任していることを理由として、正当な人事考課を怠り、遅くとも平成二年四月一日にAが五級に昇格した当時までには存在した、正当に人事考課がなされれば昇格するであろうとの原告の具体的な期待を無にしただけでなく、格差が生ずるままに放置したものであり(その後昇格のための競争条件が悪化したとすれば、その責任は無論被告が負担すべきこととなる。)、不法行為に基づく損害賠償の責任を負うものというべきである。〔中略〕
 原告らは、不法行為によって原告が被った損害は、昇級し、整備管理者に任命されたことを前提とする賃金額と現実の支給額との差額であると主張するけれども、右に判断した不法行為の内容に照らして、それは当たらない。元来被告が人事考課をすべきものであることは原告も認めているところであり、仮に被告が原告を正当に遇するために、公平に人事考課をしたとしても、当然に昇格するだけの競争条件が整っていたとまではいえないし、当然に整備管理者に任命される条件が備わっているともいいがたい。また、適正な人事考課に基づく処遇をすることによって原告に対する不当な扱いが消滅したというためには、原告の主張するとおりの昇格をさせることが必須というわけでもない。本件で原告が被告に求めうるのは、被告が不当にも適正な人事考課を敢えて怠り、これにより当初から原告が他の候補者と並んで競争する地位を奪ったことに対する精神的損害の賠償に止まり、それ以上に予定された賃金額との差額の支払いを求めることはできないというほかない。本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、被告は原告に対し、原告が被った精神的苦痛に対する賠償として八〇万円を支払うべきものである。