全 情 報

ID番号 06980
事件名 賃金仮払仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 シンアイ事件
争点
事案概要  労働者の言動により黙示による合意解約の申込みがなされたものとし、会社の承諾により労働契約は消滅したとした事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 退職 / 合意解約
裁判年月日 1997年9月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成9年 (ヨ) 21030 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 労経速報1650号15頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 二 債務者は、平成八年一二月四日から同月一三日までの間の債権者の全体的な言動、あるいはこれらの言動に加えて同月一四日以降、債務者に何の連絡もして来なかった債権者の態度をもって、債権者が債務者に対し、債務者を退職することについての黙示の意思表示を行ったものであるとし、債権者・債務者間の雇用契約関係の終了を主張するので、この点について検討する。
 前記認定にかかる事実関係に基づき、債権者の置かれていた状況並びに同人の平成八年一二月四日以降の言動及び出勤状況等を考察すると、以下のとおり認めることができる。すなわち、〔1〕債権者は、長期間教育関係の職場において勤務しており、債務者のような不動産関係は初めて経験する分野であったところ、平成八年一一月一二日の就労開始後間もなく人事課を含む総務部の多数の従業員等の反感を買い、これらの者から受け入れられない状況となっていたこと、〔2〕債権者には、少なくとも平成八年一二月一〇日の段階まで本件研修命令に従う意思がなく、その後、本件通知書到達に至るまで、債権者の右の気持ちが変化したことを窺わせる事情も存しないこと、〔3〕債権者は、平成八年一二月一〇日、A常務等に対し、債務者の社会保険関係等の重要な部分等を職務規律違反と知りつつコピーして保管している旨述べると共に、これらを新聞社等に提供する意思がある旨示唆した発言をすることによって、債務者との雇用契約上の信頼関係を根本的に破壊すると共に、今後、重要書類の取扱いを業務内容とする人事課等債権者の希望する総務部の部所に債権者が配属される可能性を決定的に喪失させ、もって、債権者は、債権者の債務者における就労を一層困難にする言動を自ら行っていること、〔4〕債権者は、本件研修命令の発令された平成八年一二月四日、B部長に対し、研修命令に従うか否かを「進退を含め」て回答する旨を述べた他、同月九日、同部長に対し、債務者が債権者を会社都合による退職として扱うことを依頼し、同月一〇日にも、A常務等に対し、会社都合により退職させて欲しいと述べていることからして、債権者には、このころから債務者を退職する意思があったと認められること、〔5〕債権者は、本件研修命令発令の翌日である平成八年一二月五日から同月七日まで欠勤し(債権者は、当時、債務者に対し、病気を理由に欠勤する旨の連絡を入れているが、本件において、債権者が右の期間、病気であったことを疎明する資料はない)、同月九日及び一〇日は出社しても就労せず、同月一一日及び翌一二日は欠勤し、一三日は出社後伝言を依頼しただけで退社し、同月一四日以降は無断欠勤が続いているのであり、これらの出勤状態からすれば、債権者は、平成八年一二月五日以降、債務者において就労する意思を喪失していると認められること、〔6〕債権者には、無断欠勤、経歴詐称、本件研修命令拒否及び服務心得違反等により懲戒事由(就業規則二五条、二九条、三〇条四号、三三条、四六条一号・四号・七号・八号)に該当する可能性のある事由が多数存在していたこと、以上の状況が認められる。
 このように、債権者が、債務者において就労を続けることが実際上困難な状況にあって、平成八年一二月四日以降、前記のとおりの言動を行い、出勤態度を示したことからすれば、債権者は、右一連の言動や不就労及び欠勤等の態度をもって、明示、黙示に債務者に対し、合意退職の申込みをなしたものと認められる。そして、債務者が代理人Cに対し「D会社としては、E氏は自ら退職したものと考えておりました」との記載のある、債権者の退職を認容する趣旨を記載した本件通知書を送付したことによって、債務者が右退職の申込みを承諾した事実を認めることができる(なお、債権者から退職に関して要望の出された平成八年一二月一〇日の話し合いにおいて、債権者とA常務等との間で、今後は代理人を通じて話し合うことを合意したと認められる前掲の経緯に照らせば、代理人Cは、債務者による退職承認の意思表示を受領する代理権限を有していたことが推認される)。
 以上のとおりであるから、本件通知書が代理人Cに送達された日をもって、債権者は、債務者との合意により、債務者を退職したことが認められる(就業規則四八条三号)。また、本件通知書は、平成九年一月三一日(金曜日)に、東京都千代田区霞が関所在の東京高等裁判所内郵便局から東京都渋谷区(略)所在の代理人Cの所属する事務所宛てに発送されたものであることに鑑みれば、遅くとも同年二月三日(月曜日)には、同事務所に送達されたと推認される。