ID番号 | : | 07037 |
事件名 | : | 労働者災害補償保険給付不支給決定取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 廣道興産・岸和田労働基準監督署長事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | てんかん及び神経症の既往症をもち、投薬治療を受けていた労働者が、労働災害により傷害を負い、その後うつ病を発症して自殺した場合につき、労働者災害補償保険法一二条の二の二第一項によりただちに保険給付が受けられないと解すべきではないが、本件においては、傷害と自殺の間に相当因果関係を認めることはできず、業務起因性はないとされた事例。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法12条の2の2第1項 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺 |
裁判年月日 | : | 1997年10月29日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成7年 (行ウ) 38 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 労働民例集48巻5-6号584頁/タイムズ962号145頁/労働判例728号72頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 嵩さやか・ジュリスト1146号156~158頁1998年12月1日 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 二1 本件の争点は、Aの死亡がその業務に起因するか否か(業務起因性の有無)であるが、前記認定のとおり、Aの死は、自殺によるのであるから、労災保険法一二条の二の二第一項の規定との関係が問題となる。同項は、労働者が故意に傷害や死亡を生じさせたときは、政府が保険給付を行わない旨を規定しているが、労働災害補償制度が、自己の業務を行うために労働者を支配下におき、労務を提供させる使用者が右労務提供の過程において当該業務に内在する危険によって労働者を死傷させるなどの結果が発生した場合、労働者に発生した損害を政府が使用者に代わって填補することを目的とした制度であることを考えると、同項の趣旨は、業務と死傷等の結果との間の因果関係が中断された場合において、それが労働者の故意に基づく行為によるときには、政府が保険給付を行わないことを注意的に規定したものと解すべきである。 そして、労働者が自殺した場合、通常は、当該労働者が死の結果を認識し、これを認容したといえるのであるが、そのことから直ちに当該労働者に故意があり、同項により、保険給付を受けられないと解すべきではなく、当該労働者が自殺に至った原因を究明し、その原因と労働者が従事していた業務との間に因果関係(相当因果関係)が認められる場合には、業務起因性が肯定され、労働災害保険給付の対象になると解するのが相当である。〔中略〕 右判示の事情を総合すれば、本件自殺は、本件事故から二年余りの期間を経過した後に発生しており、本件傷害による頭痛などの障害は、本件自殺の前の時点で、かなりの程度回復していたといえるうえ、Aの神経症が本件事故以降も特に症状が悪化するなどの事情も認められないことに照らせば、本件傷害は、Aに対する精神的負荷としては、それほど重大な影響を与えていなかったとも考えられる。 さらに、本件自殺の半年程前の平成二年七月末日には、AがB会社を退職するという事態が生じており、右退職に至る経緯やその後の就職に対する不安等、Aにかなりの程度の精神的負荷が生じていたといえるし、前記のとおり、Aには、神経症の既往症があり、もともと精神的負荷に対する耐性が強くなかったと思われる。 (2) そして、本件傷害による頭痛などの障害は、一進一退の状況を繰り返しながらも、平成二年一〇月の時点では、単独で一〇日間にも及ぶ九州旅行ができるまでに回復し、Aの頭痛も、右旅行の支障になったとの事情が窺われないことや前記各医療機関の診断からすれば、軽快の方向に向かっていたといえる。 さらに、本件事故後も、Aの神経症の症状が重くなるなどの事情も見当らないことに照らせば、本件傷害は、Aにとって、それほど大きな精神的負荷になっていなかったことが窺える。そして、Aは、本件自殺の前に強度の頭痛を訴え、眠れなかったり、ハチマキをして痛みを和らげようとしていたのであるが、前記のとおり、神経症やうつ病に伴う身体症状としても、頭痛が発生する場合があることを考えれば、Aの頭痛は、神経症やうつ病の身体症状として発現したものと考えることもでき、本件傷害に由来するものであったと断定することはできない。 また、Aが神経症の既往症を有するなど、もともと精神的負荷に対する耐性に欠け、うつ病に陥りやすい素因を有していたともいえるうえ、Aには家庭内における葛藤があり、また、Aは抑うつ症状が表われたのと近接した時期にB会社から退職していること、さらには、Aのように、頭部や顔面、頸部にかなりの程度の傷害を負うことは、交通事故やその他の事故においても、少なからず生じているところであるが、負傷した者が、抑うつ症状に陥り、自殺に及ぶことは比較的希であることなどの事情を総合して考慮すれば、本件自殺は、被告主張のように、神経症の既往症があり、うつ病に陥りやすい素因を有していたAが、家庭内の葛藤やB会社からの退職などによる精神的負荷が高まったことにより、抑うつ症状を起こし、うつ病を発症した結果、発生したと考えることも充分可能であり、原告が主張するように、本件傷害が原因となってAが抑うつ症状を発症し、右抑うつ症状が高じて本件自殺に至ったものと断定することはできない。すなわち、本件傷害と本件自殺との間に相当因果関係を認めることはできず、したがって、本件自殺の業務起因性も認めることができない。 |