全 情 報

ID番号 07072
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 三井海上火災保険事件
争点
事案概要  保険会社の従業員が、地域の日刊誌に「六〇歳定年制の社員採用、六三歳まで一年毎契約可」の広告をみて応募し採用され、六三歳までの雇用を期待していたにもかかわらず、満六〇歳で定年退職とされたとして、六三歳までの稼働分と人生計画を狂わされた精神的損害分につき損害賠償を請求した事例(棄却)。
参照法条 労働基準法2章
民法415条
体系項目 退職 / 定年・再雇用
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 1998年1月23日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 762 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例731号21頁/労経速報1671号12頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-定年・再雇用〕
 被告の就業規則においては、損害調査主事の定年年齢は満六〇歳と定められていたのであり、被告としても、この定年年齢が損害調査主事に適用されることを前提として、業務上の必要に応じて、再雇用を行うなどしていたのであって、満六〇歳に達した損害調査主事につき、本人の希望があれば、再雇用を行い、満六三歳に至るまで雇用契約を更新するとの取扱いを原則としていたとはいえない。
 確かに、被告は、損害調査主事の募集につき、「定年六〇歳、定年後満六三歳迄、一年毎の更改の契約可能」との趣旨の新聞広告(本件広告)を日刊紙に掲載したのではあるが、(証拠略)の広告の記載がいずれも定年年齢が満六〇歳であることが明記されていることやこれに引き続いて、あるいは括弧書きで満六三歳まで契約が可能であることが付記されているとの形式に照らせば、その趣旨は、被告の定年年齢が満六〇歳であることを明示するとともに、定年年齢に達した後も、被告の就業規則上満六三歳まで再雇用される制度があることを注意的に示したにすぎないと解するのが相当である。
 なるほど、原告主張のように、本件広告の記載を、従業員が希望すれば被告が雇用契約の更新に応じなければならないことを意味するものと解する余地が全くないとはいえないものの、前記認定のとおり、被告においては、筆記試験の際定年年齢や再雇用の制度について説明を行うのが通例であり、原告が応募した際にも同様の手続きが踏まれたと推測されること、被告が本件広告と同旨の損害調査主事の募集広告を掲載していたにもかかわらず、満六三歳までの再雇用をめぐって紛争になったのは原告のみであったことなどの事情を考えると、本件広告は、通常人の解釈を前提としても、従業員が希望すれば満六三歳までの雇用契約の更新を内容としたものとはいえず、したがって、本件広告は、客観的にみても、従業員の希望により、特段の事情のない限り、満六三歳まで稼働できるとの内容を含む雇用契約の申込みの誘引であったとは考えられない。
 四1 以上判示したところによれば、本件広告は、募集の対象となった損害調査主事の定年年齢が満六〇歳であることを明らかにしたうえで、再雇用によって、満六三歳まで一年ごとに雇用契約が更新される場合があることを示したにすぎず、被告には、原告と雇用契約を締結した際、主観的にはもとより客観的にも、原告らの定年年齢は満六〇歳であり、再雇用については業務上の必要性を勘案して決定するとの認識しかなかったというべきである。したがって、仮に、原告が、本件広告を見て、満六三歳に達するまで雇用契約が更新されるとの期待や認識を抱いたとしても、原告と被告との間に、原告が希望すれば契約関係が満六三歳まで更新されるとの内容の雇用契約が成立していたということはできない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 そうすると、被告には、原告の希望に従って、雇用契約を更新し、原告を再雇用すべき労働契約上の義務があるとはいえないことになるから、原告の債務不履行に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。