全 情 報

ID番号 07074
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 ダイエー(朝日セキュリティーシステム)事件
争点
事案概要  大型スーパーを経営する会社から関連の警備会社に出向し業務部次長の職務にあった者が、阪神大震災の際に設置された対策本部事務局の責任者の一人として対策業務に従事していた際に、東日本本部からの応援の社員の夕食代の領収書を改竄し、一〇万円を水増しして請求し着服したことを理由に懲戒解雇され、その効力を権利濫用等により無効である等として争った事例(請求棄却)。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
懲戒・懲戒解雇 / 二重処分
裁判年月日 1998年1月28日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 5177 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例733号72頁/労経速報1667号21頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 原告は、被告就業規則六一条一一号に、懲戒事由として、「職務または権限を利用して自己または他人の利益をむさぼったとき。」と規定されていることは認めるものの、同条同号所定の「むさぼった」の語義は、「欲深く物を欲しがる」ことであるところ、本件着服に係る金額は一〇万円にすぎず、不正行為も一回限りの偶発的なものであったこと、本件着服は阪神・淡路大震災後の過酷な労働条件下でなされたこと、被告就業規則六一条七号には懲戒事由として「刑法その他の法令に規定する犯罪により、有罪の判決を受け、社員としての体面を汚損したとき。」と規定されているところ、就業規則該当性を判断する場合には他の懲戒事由との均衡を考慮するべきであることからすると、原告は、本件着服について有罪判決を受けたわけではないことに鑑みるとき、本件着服は、前記六一条一一号所定の懲戒事由に該当しないと主張する。
 (二) 確かに、原告主張のとおり、右六一条一一号にいう「むさぼった」という言葉は、反復性、貪欲性を語感として有するが、それ自体明確な外延を有するものではなく、たとえ偶発的行為で過酷な労働条件下でなされたものであったとしても、会社の金銭を着服する行為は、会社に対する重大な背信行為であるというべきであるから、それだけで利益を「むさぼった」行為であると解すべきである。したがって、本件着服は、右六一条一一号にいう、「利益をむさぼった」に該当するということができる。
 (三) また、(証拠略)によれば、被告就業規則六一条七号に、懲戒事由として、「刑法その他の法令に規定する犯罪により、有罪の判決を受け、社員としての体面を汚損したとき。」と規定されていることが認められるものの、右六一条七号と同六一条一一号とは、別個の懲戒事由を定めたものであり、右六一条七号の規定が存するからといって、犯罪を構成すべき行為のすべてについて、それが有罪判決を受けなければ懲戒事由となし得ないと解すべき根拠はない。かえって、同条一三号が、懲戒事由として、商品を不正に店外に持ち出すことを定めるのみで、右有罪判決を受けることをその要件としていないことに照らせば、原告が本件着服につき有罪判決を受けていないからといって、本件着服を、前記六一条一一号所定の懲戒事由に該当すると解することは、何ら当を失するものではない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 原告は、被告賞罰委員会規則七条で同委員会が原則として事案発生(発覚)後一〇日以内に開催される旨規定されているところ、現実には事案発覚(平成七年二月八日)から約六か月が経過して同委員会が開催された(平成七年八月三日)のであるから、同委員会の開催には手続的瑕疵があり、結局右手続的瑕疵により本件懲戒解雇が無効となると主張する。
 しかし、右賞罰委員会規則七条が「原則として」事案発生(発覚)から一〇日以内との文言を用いていることや同条の趣旨として、同委員会の開催が遅延したからといって、手続的に瑕疵があるとはいえず、それだけで同委員会の議を経てした本件懲戒解雇を無効ならしめるものとは到底考えられず、原告の右主張は理由がない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-二重処分〕
 懲戒処分としての出勤停止とは、七日以内(期間中の休日を含む。)出勤を停止し、その間給与を支給しない処分をいうところ(被告就業規則六二条一項三号)、前記のとおり、原告に対しては、自宅待機期間中も賃金が支払われたのであるから、右自宅待機は懲戒処分に該当するものではないというべきであり(同六二条三項参照)、したがって、本件懲戒解雇が二重処分として無効になるということはない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 被告は大型スーパーマーケットの経営等を目的とする株式会社であるから、会社の金銭の着服は、それ自体会社と従業員との間の労働契約の基礎となる信頼関係を破壊させるに十分なほど背信性が高い行為であるというべきところ、原告が、被告から出向して被告の関連会社であるAの西日本統括本部業務部次長という要職に就いていたことを考えると、本件着服の背信性は一層高いといわざるを得ない。また、大型スーパーマーケットは、小口の金銭が頻繁に出入りする業種であるから、金銭に関する不正の入り込む余地が比較的大きいにもかかわらず、その発覚が比較的困難であることは経験則上明らかというべきであり、したがって、被告が金銭に関する不正には厳罰をもって臨むことにはそれなりの合理性があり、現に(証拠略)によれば、被告は、レジの不正精算、不正チェックアウト、現金の抜き取り、着服等に関与した従業員、アルバイトに対しては、たとえ被害金額が少額であっても、懲戒解雇等の懲戒処分をしてきたことが認められる。
 (三) したがって、本件着服は、原告の地位、行為内容等に照らし、背信性の強いものである上、これまでの被告における金銭の着服等における従業員に対する処分例との均衡からいっても、本件懲戒解雇は、相当性を失するものではないというべきであって、必ずしも苛酷であるとはいえない。〔中略〕
 原告による本件着服は、周到に計画された犯行であるとまではいえないものの、意図的なもので、その性質上、会社に対する重大な背信行為であるというべきであり、右発覚後、被告が、原告に対し、退職金が支給できるよう依願退職の申出を繰り返し勧めたにもかかわらず、これが拒否されたため、賞罰委員会の議を経た上で、本件懲戒解雇に至ったことが認められ、その一方、原告が、本件着服当時、阪神・淡路大震災の復旧作業等に精力的に従事していたものの、右作業に伴うストレスに起因する「行為障害を伴う適応障害」等により事理弁識能力が喪失し又は著しく減退していたと認めることはできず、解離症状を前提とする心神耗弱も認めることができない。
 したがって、右事実によれば、前記認定の原告の本件着服前の勤務態度、本件着服当時の心身にわたる疲労の蓄積、本件着服に係る金員の返還の事実、原告が、本件着服のほかは不正行為を行ったことがないこと、本件懲戒解雇が原告の家計等に与える影響等、原告のために有利に斟酌すべき事情を考慮しても、本件着服に懲戒解雇をもって臨むことが著しく苛酷であるということはできない。