全 情 報

ID番号 07075
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 堺市蓄産農業協同組合事件
争点
事案概要  被告農協に採用され、金融、配合資料の配達などの業務に従事した後、購買課長の地位にあった職員が、農協から溶接業務に従事するようにとの話を拒否したことで退職することになったところ、退職するにあたって、農協の合併後に作られた新規程ではなく旧規程に基づき退職金を支払うべきであるとしてその差額分、さらに昇給分の賃金、賞与等を請求した事例(請求棄却)。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 支給日在籍制度
裁判年月日 1998年1月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 10752 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例734号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 前記認定のとおり、昭和五一年二月以前に採用され、同月以降に退職した被告の職員五名に支給された退職金をみると、Aに支給された分は、五年間については旧規程、その余の期間については新規程に基づいて計算されたものと思われ(ただし、新旧両規程の文言に反し、採用後一年未満の期間も算入されている。)、この点を捉えれば、原告の主張に沿うかのようにも思える。しかしながら、B及びCに支給された分については、新旧いずれの規程によったのか、その計算根拠が明らかでないし、D及びEに支給された分は、明らかに新規程に基づくものといわなければならず(ただし、新規程の文言に反し、採用後一年未満の期間も算入されている。)、新規程が制定された後も、昭和五一年二月以前の採用者の退職金算定については、旧規程の支給率を適用するとの扱いがなされていたということはできない。
 右の事情に、原告が本件訴訟において、当初新規程の支給率の適用を受けることを前提に、新規程の二四条二項を根拠として、退職金の倍額の支給を求めていたこと(この事実は、本件記録上明らかである。)、新規程が適用されるようになってから約二〇年が経過しているにもかかわらず、本件以外には、新規程の支給率の適用が問題とされた事例が見当たらないことを考え併せれば、昭和五一年二月一日以前に採用された職員の退職金計算については、旧規程に定められた支給率が適用されるとの定めがあったり、そのような取扱いが確立していたということはできず、むしろ、新規程の制定後は新規程所定の支給率によって退職金が算定されることについて、被告の職員もこれを了解していたというべきである。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 新規程の一五条一項には、「職員が現に受けている号俸を受けるに至ったときから一二ケ月を下回らない期間を良好な成績で勤務したときは毎年四月一日定期に一号俸上位の号俸に昇給させることができる。」と規定されていることが認められるが、右文言によれば、昇給させるかどうかは、被告の決定に委ねられているというべきところ、原告に対する昇給が決定された形跡がないことに鑑みれば、右規定を根拠に、当然に原告に昇給の効果が生ずると解することはできない。さらに、弁論の全趣旨によれば、被告においては、定期昇給が決定されるのが毎年七月ころであり、四月に遡って昇給分が支給されていたこと、これまで被告において、四月以降昇給が決定されるまでの間の退職者に対して昇給分が遡って支給された事例が見当たらず、したがって、そのような取扱いが確立していたとも考えられないこと、平成七年三月三一日の時点では既に原告が同年五月三一日に退職することが決まっていたことを考えれば、仮に、他の職員の全員が同年四月に昇給したとしても、そのことから直ちに、原告に対する昇給が行われたとか、原告も、当然に昇給していたとすることはできない。〔中略〕
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 被告の新規程には、毎年三月、六月及び一二月に期末手当てを支給することを定めており(なお、〈証拠略〉によれば、六月の期末手当ての支給日が同月一五日であることが認められるが、三月及び一二月の期末手当ての支給日は、本件証拠上明らかでない。)、また、期末手当てに賃金の後払いとしての側面があることは否定できない。しかしながら、期末手当ての性格は、右にとどまるものではなく、就業規則や慣行によって、支給の要件を定めることも、それが合理的なものである限りにおいては、許されるというべきである。
 ところで、被告には期末手当ての支給の要件を定めた就業規則(給与規程)はないが、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、Dは昭和六二年五月一五日に、Fは平成二年五月一五日に、Eは昭和六三年七月三一日に、それぞれ被告を退職したが、退職した年の六月、あるいは一二月に支給される期末手当ての支払いを受けていないことが認められ、また、期末手当ての支給日などの基準となる日以前に退職した職員に期末手当ての全部または一部が支払われた例も見当たらないし(職員の退職日が期末手当ての支給日等と一致することは希と思われ、原告の主張を前提とすれば、退職した職員の多くが幾ばくかの期末手当ての支払いを受けて然るべきことになる。)、原告以外に期末手当ての支給日等の前に退職した職員が期末手当ての支払いを求めて紛争となった形跡もない。
 右の事情に照らせば、被告においては、期末手当ての支給につき、支給日などの基準日を設け、その日に在職している職員に対してのみ、期末手当てを支給するとの慣行があったというべきであるが、この種の慣行自体は、手当ての支給に関する画一的、集団的処理の要請に資するものであるといえるし、多くの企業等が同旨の就業規則を制定していることや同様の慣行的取扱いをしていることなどの事情に鑑みれば、特に不当であるとはいえず、他に被告の取扱いを不合理とすべき特段の事情も見出せないのであるから、原告にも右慣行の効力が及ぶといわざるを得ない。
 なお、原告は、同年六月分の給与の支払いを受けたことを強調するが、そのことと原告の期末手当ての支給を受ける権利の有無とは無関係というべきである。
 よって、原告には、平成七年六月支給分の期末手当ての支払請求権がないというべきであるから、原告の前記主張は理由がない。