全 情 報

ID番号 07084
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 川崎製鉄(水島製鉄所)事件
争点
事案概要  製鉄会社の掛長が残業、休日出勤など常軌を逸した長時間労働によってうつ病に陥り、そのため自殺したとしてその遺族が、会社を相手として安全配慮義務違反で損害賠償を請求した事例(一部認容)。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1998年2月23日
裁判所名 岡山地倉敷支
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 215 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例733号13頁/労経速報1669号5頁
審級関係
評釈論文 清水善朗、山本勝敏・労働法律旬報1431号46~49頁1998年5月10日/中嶋士元也・月刊ろうさい49巻9号13~16頁1998年9月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは責任感が強く、几帳面で、完全欲が強い特徴的性格であり、また「メモ魔」と呼ばれていることや、ワープロを使用して丁寧かつ見た目も気にすること等から、仕事量を増やしたり、より時間を費やしたりした状況はあるにしても、前記のとおりAの業務、抱えていた課題等の過重な責任や被告でのサービス残業の実態等を考慮すれば、Aの長時間労働は同人の性格に起因する一面は否定できないにしても、基本的にその業務の多さと過重さに由来するものと認めるのが相当である。そして、その労働時間が異常に長時間に及んでいたことを考えると、うつ病はAの性格もさることながら長時間労働による疲労という誘因が存在した結果であると認めるのが相当である。〔中略〕
 前記のとおりのAの長時間労働、平成三年三月頃からの同人の異常な言動、疲労状態等に加え、うつ病患者が自殺を図ることが多いことを考慮すれば、Aが常軌を逸した長時間労働により心身ともに疲弊してうつ病に陥り、自殺を図ったことは、被告はむろん通常人にも予見することが可能であったというべきであるから、Aの長時間労働とうつ病との間、更にうつ病とAの自殺との間には、いずれも相当因果関係があるというべきである(なお、自殺には一般的に行為者の自由意思が介在しているといわれ、B医師は、五〇パーセント以上自殺者本人の責任があるとし、更に重症のうつ病患者でも自殺するのは三〇パーセントにすぎないとするが、Aの自殺は前記認定の事実関係の下では、うつ病による感情障害(うつ状態)の深まりの中で、衝動的、突発的にされたものと推認するのが相当であり、Aの自由意思の介在を認めるに足りない。)。〔中略〕
 一般私法上の雇用契約においては、使用者は労働者が提供する労務に関し指揮監督の権能を有しており、右権能に基づき労働者を所定の職場に配置し所定労働を課すものであるから、使用者としては指揮監督に付随する信義則上の義務として、労働者の安全を配慮すべき義務があり、本件では被告には雇い主として、その社員であるAに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握し、同人が過剰な長時間労働によりその健康を害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたものというべきところ、Aは、前記のとおり、社会通念上許容される範囲をはるかに逸脱した長時間労働をしていたものである。
 そして、Aの部下のCは、Aについて、平成三年三、四月頃から、顔色が悪く、煙草の量も増え、物忘れがひどくなり、疲れていると感じ、平成三年春頃、Aから寝汗をかくようになったと聞いていたが、他のD、E、上司のF課長はAについて、顔色が変わったとは感じておらず、F課長は、Aの会社での態度に特別変わった点や異常な点については気付かなかったというのであるが、前記認定のとおり、被告においては長時間残業と休日出勤が常態化しており、Aについても同様であることは、上司であるFは把握していたはずであるところ、平成三年春頃、Aが、G病院から帰ってきた時、Fは、Aが疲れているように感じて、A担当の仕事を引き受けようかと言ったが、Aがこの申出を断るとそれ以上の措置は採らなかったこと、更にAの業務上の課題について相談を受けながら単なる指導に止まり、Aの業務上の負荷ないし長時間労働を減少させるための具体的方策を採らなかったこと、Fは午後七時から九時の間に帰るため、以後のAの残業については把握する上司もなく放置されていたこと、Aの休日労働も同様に放置されていたこと、そもそも、使用者の労働時間管理は、使用者が労働時間の実態を把握することが第一歩であるところ、被告には職員の残業時間を把握するための体制がなく、各職員は私的なメモに各人の残業時間数を書いて自己申告し、その時間も実際の残業時間より相当少なく申告するのが被告水島製鉄所においては常態であり、C及びFの前記認識を考慮すると、被告も右事情を認識していたと認めるが相当であるのにこれを改善するための方策を何ら採っていなかったこと等に鑑みれば、被告にはAの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を採らなかった債務不履行がある。〔中略〕
 うつ病の罹患には、患者側の体質、気質、性格等の要因が関係していると認められるところ、Aは仕事に厳格で、几帳面、完全志向、責任感が強く、常に仕事に前向きに向かうという姿勢で臨んでいたもので、Aにこのようなうつ病親和性が存したことが、結果として仕事量を増大させ、より時間が必要になり、更には自己の責任とはいえないものまで自己に抱え込み責任を感じて思い悩む状況を作り出した面は否定できないこと(もっとも、一般社会では、このような性格は通常は美徳ともされる性格、行動傾向であり、これをあまり重視すべきではない。)、Aは、社内的には、労働基準法第四一条第二号の「管理の地位にある者」であり、原則として労働時間の拘束を受けず、自ら労働時間の管理が可能であったのに、F課長からの担当の仕事を引き受けようかとの申出を断る等、適切な業務の遂行、時間配分を誤った面もあるということができ、更にAが毎晩相当量のアルコールを摂取し、そのため時間を費やしたことが睡眠不足の一因となったこと等から、Aにもうつ病罹患につき、一端の責任があるともいえること、Aは家庭内ではうつ病によると見られる異常言動があったものの、被告(会社)内では特段の異常言動が認められなかったこと、AはG病院で服薬を指示され、投薬後微熱及び寝汗の症状が改善されていないにもかかわらず、医師にその旨を申し出ず、自らの判断で受診を中断したこと、原告XはAの長時間労働の実態を認識し、その異常言動に気付いていたにもかかわらず、単に会社を休むようにいったり、病院に行くよう勧めただけで、専門医の診察を受けさせる等適切な対応を怠ったこと、原告Xは、Aの健康を考え、アルコールを止めさせて睡眠を十分とらせるべきであったにもかかわらず、アルコールを止めさせなかったこと等の諸事情(前記認定事実によれば、原告XにはAのうつ病罹患及び自殺について予見可能性があったものと認められ、Aの右状況等を改善する措置を採り得たことは明らかで、かような場合、原告らがAの相続人として請求する損害賠償の額及び原告Xが請求する損害賠償の額につき、右の原告Xの事情を斟酌することは許されると解する。)が認められ、これらを考慮すれば、Aのうつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について、Aの心因要素等被害者側の事情も寄与しているものというべきであるから、損害の公平な負担という理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、発生した損害の五割を被告に負担させるのが相当である。