全 情 報

ID番号 07092
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 進円商会事件
争点
事案概要  退職金の支払につき、会社等に対する債務の弁済充当する旨の合意は存在しないとして、退職金の支払請求が認容された事例。
参照法条 民法414条
労働基準法24条1項
労働基準法89条1項3の2号
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1998年3月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 11454 
平成6年 (ワ) 19690 
裁判結果 認容、反訴棄却
出典 労経速報1675号23頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 一 退職金
 本件においては、原告と被告との間で、平成四年五月、原告の退職金を五七〇〇万円とする旨合意が成立したことは、当事者間に争いがない。
 もっとも、被告は、この点に関し、被告と原告は、平成四年五月、右退職金のうち源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円を除いた四五五三万五〇〇〇円は、原告の被告、株式会社Y、Aのいずれかに対する債務の弁済に充てるものとし、具体的な弁済充当は被告が指定するものとする旨の合意もまた成立した旨主張するが、本件においては、右合意を認めるに足る証拠はないし、原告と被告との間で、原告がAらに対して有している債務額等を念頭に、弁済充当の話し合いが行われたと認めるに足る証拠も存しない。
 被告は、Aが、現在、株式会社Bの全株式を有する株主であることの確認を求める訴訟を、原告を相手方として提起し係争中であって、もしも、被告が原告に対し、平成四年五月、本件退職金を実際に支出するという約束をしたとしたら、Aは、この約束のときに、株式会社Bの原告名義(発起人名義)の株式は、実質上は、全てAのものである旨の書面をとりつけていたはずである旨主張するが、本件においては、平成四年五月当時、右株式を巡って、原告とAとの間で争いが生じていたと認めるに足る証拠はない。
 また、被告は、原告は、Aの株式の運用を行っていたが、Aから信用取引をしないように再三言われていたにもかかわらず、これを破って信用取引を行い、AのC会社の株式を、勝手にD会社の架空名義口座からE会社のFの架空名義口座に移し替え、E会社では右移し替え時の株式の時価が二億円前後のものであったのに、Aから再三の要求で、これを(時期に遅れて値下がり後に)返還したときには半額の時価にさせてしまっており、被告が、このような原告に対し、本件退職金を実際に支出するという約束をするはずがないのであると主張するが、Aの平成二年一月一七日付け書簡(書証略)においても、Aは株式の運用等と仕事の問題は別個のものとしていることが窺われるし、また、Aが、平成四年五月当時、これらの点を問題視していたと認めるに足る証拠も存しない。むしろ、Aは、平成三年二月二七日、原告を中小企業事業団の掛け金月額七万円の個人事業主又は会社役員の退職金の積立てに相当する小規模企業共済に加入させ、平成三年二月分から平成五年一一月分まで、自らが出損して原告の右掛け金相当額を原告の銀行口座へ送金するなど(証拠略)、平成三年から平成五年にかけては、原告の退職後についても配慮していたことさえ窺われるのである。
 なお、被告は、Aが、平成四年五月に原告に本件の退職金を実際に支出するという約束をしたとしたら、原告に対する中小企業共済の右掛け金(月額七万円)の出損は、その時点で停止していたはずである旨主張するが、被告が自ら支出する退職一時金に右共済金を上乗せ支給すること自体も格別不自然とは思えず、他に格別の主張立証のない本件においては、被告の右主張もまた採用できない。
 以上の点に加え、被告は、原告の「被告は、平成四年五月、原告の長年にわたる功績に報いるため、退職金五七〇〇万円を支払うことを決め、同月末日を決算期とする決算において、右退職金を計上し、源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円の納税も済ませた。しかるに、被告代表者Aは、同月以降、原告に対し暫くの間、右退職金の支払猶予を求めた。原告は、被告に在職中はやむを得ないと受忍してきたが、完全退職した平成五年一一月末日以降も被告は右退職金の支払に応じない」旨の事実主張につき、これを認める旨陳述していたこと、被告は、当初、弁済充当の合意の主張をしていなかったことなど、弁論の全趣旨をも併せ考慮すれば、被告主張の弁済充当の合意はこれを認定することができないものというべきである。