全 情 報

ID番号 07097
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 システムコンサルタント事件
争点
事案概要  コンピューターソフトウェアー開発等を目的とする会社で勤務していた労働者が脳出血で死亡したことにつき、その両親が、死亡は長時間労働等過重な業務によるストレス等に原因があったとして会社を相手として安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求した事例(請求認容)。
参照法条 民法415条
民法418条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1998年3月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 2061 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1641号54頁/タイムズ973号269頁/労働判例736号54頁/労経速報1675号3頁
審級関係
評釈論文 鬼塚賢太郎・法令ニュース33巻11号19~21頁1998年11月/大森秀昭・労働法律旬報1432号42~49頁1998年5月25日/田中敦・平成10年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1005〕106~107頁1999年9月/平田秀光・労働判例744号7~14頁1998年11月1日/木下潮音・経営法曹128号35~45頁2000年8月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは、被告入社直後の昭和五四年一二月の時点で、既に境界域高血圧(一四〇/九二)であった。しかし、Aの高血圧は、昭和五七年ころから、急速に悪化し、昭和五八年には一六八/一〇四と、WHO基準でいう高血圧に該当するようになり、心拡張も併発した。さらに、昭和六一年一月になると、同人の血圧は、一七六/一二二に至り、重度の高血圧に至った。
 右のようなAの血圧の推移に照らせば、加齢等の自然的増悪要因が存在することを考慮しても、なお自然的経過を超えて高血圧を増悪させる要因が存在したことは明らかであるというべきである。
 そして、昭和五四年以降、Aは、前記認定のとおり、年間総労働時間が平均三〇〇〇時間を超える恒常的な長時間労働をしていたこと、本件プロジェクトにおけるAの業務は、高度の精神的な緊張を伴う過重なものであったこと、高血圧患者は血圧正常者に比較して精神的緊張等心理的ストレス負荷によって血圧が上昇しやすいことなどを考慮すると、Aの本態性高血圧は、昭和五四年以降の長時間労働により、自然的経過を超えて急速に増悪していたところ、これに加えて、平成元年三月以降の本件プロジェクトに関する高度の精神的緊張を伴う過重な業務により、さらに前記高血圧が増悪して、脳出血発症に至ったものであると解するのが自然であり、Aの業務と脳出血発症との間に、いわゆる事実的因果関係が肯定されることは明らかである。
 2 ところで、Aの業務と、脳出血発症との間の相当因果関係が存在するというためには、必ずしも業務の遂行が脳出血発症の唯一の原因であることを要するものではなく、他の原因が存在していても、業務の遂行による過重な負荷(業務過重性)が、自然的な経過を超えて右素因等を増悪させ、Aの脳出血発症の共働の原因の一つであるということができれば、それをもって足りるというべきである。
 前記認定のとおり、持続的な精神的緊張が高血圧の発症及び増悪と関係があるとする有力な疫学的調査結果が複数存在し、かつ、右影響の機序についても、未だ医学的定説となるには至っていないとはいえ、一応の合理的な説明がされていることに照らせば、持続的な精神的緊張と高血圧の発症及び増悪との間に相関関係があることは否定することはできないものであり、また、高血圧患者は、心理的緊張等による負荷に対して通常人より血圧が上昇しやすく、脳出血の発症の引き金になり得るというのであるから、業務以外の因子が、Aの高血圧の発症及び増悪の主要な原因であることが肯定されるような特段の事情がない限り、業務が脳出血発症の共働の原因の一つであると認めることができる。
 そして、本件において、Aには、被告入社前に既に軽度とはいえ高血圧に罹患しているという基礎疾患(素因)が存在し、かつ、業務による持続的な精神的緊張以外にも高血圧の危険因子を有していたといえるから、被告における過重な業務が、Aを高血圧に罹患させ、脳出血発症に至らせた唯一の原因であるということまではできないが、このような業務が、少なくとも高血圧増悪の一つの原因となっていたものであるから、Aの脳出血発症は、同人の基礎疾患である本態性高血圧と、被告における過重な業務とが、共働原因となって生じたものであるというべきであり、Aの死亡と業務の間には相当因果関係があるというべきである。
 五 安全配慮義務違反の有無
 1 被告は、Aとの間の雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。
 そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。
 そして、被告は、Aが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和五八年ころからは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。
 そうであるとすれば、被告は、使用者として、Aの高血圧をさらに増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。
 しかるに、被告は、Aの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえって、前記認定のとおり、Aを、昭和六二年には年間労働時間が三五〇〇時間を超える恒常的な過重業務に就かせ、さらに、平成元年五月に本件プロジェクトのプロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要員の不足等により、Aが長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーから厳しく納期遵守の要求を受ける一方で協力会社のSEらからも増員の要求を受けるなど、Aに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。
 その結果、前記のとおり、Aの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、被告は、前記安全配慮義務に違反したものであるというべきであり、これにより発生した損害について、民法四一五条に基づき損害賠償責任を免れない。〔中略〕
 被告は、Aの業務はいわゆる裁量労働であり時間外労働につき業務命令がなかったことを理由に、被告に安全配慮義務違反はないとも主張する。しかし、前記認定のように、Aを納期が設定されたプロジェクトのリーダーとして、取引先からも厳しく納期遵守が求められている業務に就かせている以上、Aの業務がいわゆる裁量労働であったことをもって、被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない。