全 情 報

ID番号 07102
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 小諸労基署長事件
争点
事案概要  坑内作業に従事する坑夫の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を原因とする死亡につき、その遺族が遺族補償の不支給処分の取消しを求めて争った事例で右不支給処分の取消しを認めた原審判決が控訴審でも支持された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1998年3月25日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (行コ) 113 
裁判結果 棄却(確定)
出典 時報1650号51頁/労働判例739号99頁
審級関係 一審/長野地/平 6. 6.16/平成1年(行ウ)8号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 動脈瘤破裂によるくも膜下出血を原因とする秀雄の死亡の業務起因性について判断する。
 (一) Aは、脳動脈瘤の基礎疾患を有していたものであるが、前示のように、これまで特段の既往歴はなく、本件業務に従事する際に受けた健廃診断においても、血圧その他に格別の異常は認められなかったところであり、本件発症当時四一歳六か月と、脳動脈瘤破裂の発症年齢に関する一般的傾向を考慮しても比較的若年であったのであるから、Aの脳動脈瘤が確たる発症因子がなくてもその自然の経過により脳動脈瘤壁が脆弱化するなどして破裂する寸前にまで進行していたものとみることは困難というべきである。
 (二) これに対し、昭和五九年一月一六日からAが従事した本件業務は、全体として、狭い既設トンネル内での高い騒音に囲まれ、作業に伴う粉塵が飛散し、しかも、厳冬下のトンネル内外の大きな温度差に曝されるという劣悪な作業環境の下での、一日一〇時間もの長時間労働、一週間ごとの昼夜交代勤務等の厳しい労働条件の下にあったと認められるのであり、同月二七日からは、削岩機、ダルダ、ピックハンマー等の重量があり、かつ、高い騒音と強い振動を発生する作業機械を手で持ち上げて行う重筋労働が開始されたところであって、これらの作業環境、労働条件、作業内容が、一方では、Aの脳動脈瘤壁の脆弱化を促進する全身血圧の上昇を継続的、反復的に招来し、その蓄積効果をもたらし、かつ、このような重筋労働による交感神経の刺激がカテコールアミンの分泌を促して、Aの脳動脈瘤壁の脆弱化の過程(障害過程)を促進する方向に作用したのであり、他方では、脳動脈瘤壁の脆弱化に拮抗する修復過程の機能を阻害してしまったものと認められるのである。
 とりわけ、ピックハンマーによるコンクリート破砕作業は、バルサバル効果を伴う上肢を主体とする静的筋労作であって、Aばかりでなく、同僚のトンネル抗夫らにとっても、肉体的・精神的に強度の負担がある厳しい作業であったところであり、この作業による肉体的、精神的負荷は、Aの脳動脈瘤壁の脆弱化を強める大きな要因となったものと推認されるのである。
 (三) このようなところからすると、Aの脳動脈瘤破裂は、自然の経過に伴って発症したものであるよりは、右にみたような本件業務によるAの動脈瘤壁の脆弱化の過程を経て、破裂に至る準備状態が形成されたところに、発症当日の同月三一日におけるピックハンマーによるコンクリート破砕作業がいわば引き金となって、遂に破裂するに至った蓋然性が高いものと推認することができるというべきである。
 本件において、右の推認を左右するに足りる事実関係を認めるべき証拠はない。
 以上によれば、Aの死亡原因となったくも膜下出血は、Aが有していた基礎疾患である脳動脈瘤が、本件業務の遂行に起因する高度の肉体的、精神的負荷によりその自然の経過を超えて急激に悪化し、破裂したことによるものとみるのが相当であり、その間に相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。
 したがって、Aの死亡は、労働者災害補償保険法にいう業務上の死亡に当たるものである。