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ID番号 07105
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 学校法人東朋学園・高宮学園事件
争点
事案概要  産後休業及び育児時間(短縮時間)をとった労働者につき、右の時間を欠勤扱いとして、賞与の支給条件として定めた「九〇パーセント以上の出勤率」条項を適用して、出勤率不足を理由に賞与を支給しなかった措置の効力を争った事例(請求一部認容、一部棄却)。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
労働基準法65条
育児・介護休業法10条
労働基準法67条
体系項目 賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
女性労働者(民事) / 産前産後
女性労働者(民事) / 育児期間
裁判年月日 1998年3月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 3822 
平成7年 (ワ) 15875 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例735号15頁/労経速報1662号3頁
審級関係
評釈論文 笹沼朋子・平成10年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1157〕218~220頁1999年6月/山田省三・労働判例739号6~13頁1998年8月1日/小畑史子・労働基準52巻6号24~28頁2000年6月/菅野淑子・法律時報71巻6号127~130頁1999年5月/中野麻美・労働法律旬報1435号28~33頁1998年7月10日
判決理由 〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 被告らにおける労働者の年間総収入額に占める賞与の比重が大であることを併せて考えると、被告らにおける賞与は、労働の対償としての賃金性を有するものであり、使用者である被告らの裁量にゆだねられた恩恵的・任意的給付であるということはできないから、その支給要件を定める給与規程及び回覧文書の規定の合理性を検討するに当たっては、被告らにおける賞与を賃金に準ずるものと見て検討することを要するものというべきである。〔中略〕
 被告Y学園の給与規程は、本件九〇パーセント条項に関し、回覧文書をもって、産前産休業等の日数及び勤務時間の短縮措置により短縮した時間を欠勤日数に加算することを定めることを許容する趣旨であり、この趣旨を受けて前記のとおり本件各除外規定を定めた本件各回覧文書は被告Y学園の給与規程と一体となり、本件九〇パーセント条項の内容を前記のとおり具体的に定めたものと解するのが相当である。〔中略〕
〔女性労働者-産前産後〕
 法は、産前産後休業については、その取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別し、前記のとおり、これを取得した女性労働者が解雇その他の労働条件における不利益を被らないように種々の規制をしている。これは、産前産後休業を取得することによって不利益を被ることになると、労働者に権利行使を躊躇させ、あるいは、断念させるおそれがあり、法が権利、法的利益を保障した趣旨を没却させることになるからにほかならない。そうすると、産前産後休業の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、これを取得した女性労働者に同様の不利益を被らせることは、法が産前産後休業を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところというべく、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。
〔女性労働者-育児期間〕
 (二) 次に、労基法六七条は、生後一年未満の生児を育てる女性労働者は、休憩時間のほか、一日二回各々少なくとも二〇分育児時間を請求することができ、使用者が育児時間中の女性労働者を使用することを禁止しているが、これは、生児への授乳等の母子接触の機会を与えることを目的とするものである。また、育児休業法は、子を養育する労働者の雇用の継続を図ることを目的として、一歳に満たない子を養育する労働者の育児休業等について定めるが、育児休業を取得しない者については、同法一〇条が、労働者の申出に基づく勤務時間の短縮その他の当該労働者が就業しつつその子を養育することを容易にするための措置を講じるよう努力すべきことを事業主に義務づけている。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 勤務時間短縮措置による育児時間を取得した時間の賃金についても、支払を保障する法律上の規定がなく、賃金は発生しないものと解される。また、労基法六七条の育児時間については、その違反に対する罰則(労基法一一九条一号)が、育児休業法一〇条については、労働大臣等の助言、指導又は勧告(育児休業法一二条)が規定されているが、その外には直接には具体的な法規制は行われていない。さらに、育児休業法一〇条は、事業主が講じるべき措置義務を定めたものであり、同条から直接私法上の権利義務が発生するわけではない。〔中略〕
 しかし、右各規定に表れている法の趣旨は、労働者が所定の育児時間を取得することは、労働者の責めに帰すべき事由による不就労と区別されなければならず、保障されるべきであることを明確にすることにあると解するのが相当である。したがって、事業主が同条に基づいて就業規則等に育児のための勤務時間短縮措置を規定し、労働者がこれにより育児時間を取得したところ、事業主が右育児時間の取得を労働者の責めに帰すべき事由による不就労と同視して、労働者に同様の不利益を被らせることは、法が育児時間を保障した趣旨を没却させるものであり、法の容認しないところといわざるを得ず、そのような取扱いは、公序良俗に違反して違法・無効となると解するのが相当である。〔中略〕
 産前産後休業の期間及び勤務時間短縮措置による育児時間については、これを取得した労働者は、ノーワーク・ノーペイの原則により右期間等に対応する賃金の支払を受けられないから、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得したことにより右期間等に対応する金額では賞与が発生しないという限度にとどまるのであれば、その結果を甘受すべきであるといえるが、本件九〇パーセント条項により支給対象から除外されると、右の限度を超え、労務を遂行した期間に対応する賞与の支払も受けられないことになるから、賞与が賃金性を有する場合には、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を超える不利益を受けることになる。被告らにおける賞与が賃金性を有することは既に述べたとおりであるから、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得した労働者に対する賞与については、右期間等の日数の賞与支給対象期間の日数に対する比に応じて賞与の額が減額される余地があることは否定できないものの、その限度を超えて本件九〇パーセント条項により支給対象から除外し、全額支給しないこととすることは、産前産後休業の期間又は勤務時間短縮措置による育児時間を取得した労働者に対し、ノーワーク・ノーペイの原則により甘受すべき収入減を超える不利益を課すことになる。〔中略〕
 労働者は、このような不利益を受けることを慮って、請求にかかる権利についてはその行使を控え、さらには、勤務を継続しての出産を断念せぜるを得ない事態が生ずることが考えられ、右のような事実上の抑止力は相当大きいものということができ、結局、労基法や育児休業法が労働者に各権利・法的利益を保障した趣旨を没却するものというべきである。
 したがって、本件九〇パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分(給与規程と一体をなす本件各除外規定によって定められている部分)は、労基法六五条、育児休業法一〇条、労基法六七条の趣旨に反し、公序良俗に反するから、無効であると解すべきである。〔中略〕
 本件九〇パーセント条項中、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数から産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による育児時間を除外することと定めている部分〔中略〕が無効であると解すべきことは既に述べたとおりであるが、本件九〇パーセント条項は賞与支給対象者から例外的に除外される者を定めるものであって、本件各賞与支給に関する根拠条項と不可分一体のものとは認められず、右無効の部分を除外して本件各賞与支給に関する根拠条項を有効とすることは当事者双方の合理的意思に反しないと解されるから、右無効は一部無効であるにとどまり、本件各賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。
 したがって、原告は、右無効部分を除く本件各賞与の発生根拠条項に基づいて本件各賞与請求権を取得すると解すべきである。