全 情 報

ID番号 07134
事件名 遺族補償給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 松原工業所・中央労基署長事件
争点
事案概要  業務上の災害により死亡した労働者の内縁の妻(労働者には法律上の妻があるため、いわゆる重婚的内縁配偶者)が、遺族補償を請求して不支給処分を受けたのに対して、自分が「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」(労働者災害補償保険法一六条の二)に当たるとして、不支給処分の取消しを求めた事例(認容)。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8第2項
労働者災害補償保険法16条の2第1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 内縁配偶者
裁判年月日 1998年5月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (行ウ) 95 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例739号65頁
審級関係
評釈論文 増田幸弘・社会保障判例百選<第3版>〔別冊ジュリスト153〕120~121頁2000年3月
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-内縁配偶者〕
 一 労働者災害補償保険法一六条の二第一項は、遺族補償年金を受けることができる遺族につき、「労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であって、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたもの」と規定し、同条三項は遺族補償年金を受けるべき遺族の順位を規定していて、民法の相続の規定にゆだねることなく、自ら受給権者の範囲及びその順位を規定している。しかも、同条一項は、受給権者の要件として「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたもの」と規定している。このような規定内容と、労働者の死亡によって失われた同人に扶養されていた家族の被扶養利益を補てんすることを目的とする同条の趣旨とに照らして考えると、同条にいう配偶者とは、原則として、婚姻の届出をした者を意味するが、婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込のないとき、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、婚姻の届出をした者であってももはや同条にいう配偶者には当たらず、重婚的内縁関係にある者が同条にいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当し得るものと解するのが相当である。この判断に当たり、被災者と婚姻の届出をした者との間に婚姻関係を解消することについての合意があることは、必ずしも要件となるものではなく、別居に至る経緯、別居期間、婚姻関係を維持する意思の有無、婚姻関係を修復するための努力の有無、経済的依存関係の有無・程度、別居後の音信、訪問の有無・頻度等を総合考慮して右の判断を行うべきである。〔中略〕
 これらの事実によれば、亡AとBとは昭和五四年一〇月以降完全な別居状態になり、亡AがCの養育費を送金していたという事情はあるものの、それも昭和五八年六月をもって終了し、以後は亡AとBとは全く交流がなく、音信不通のまま長年が経過したものであり、他方、亡Aは原告と内縁関係にあって夫婦共同生活を送っていたものということができるから、以上を総合的に考慮すれば、遅くとも亡Aが昭和六三年四月に死亡した時点までには、亡AとBとの婚姻関係は実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込のないとき、すなわち、事実上の離婚状態に至っていたものということができ、他方、原告は、亡Aと内縁関係にあり、その収入によって生計を維持し、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」であったということができる。
 Bは、原告から人を介して連絡を受け、亡Aの葬儀にCとともに駆けつけており、最後まで戸籍上の婚姻関係を維持するつもりであったことも事実であるし、また、Bが生活保護を受けていることからすると、右のように解することは、あたかも法律上の妻の犠牲において内縁の妻を保護する結果となるかのような観がある。
 しかし、労働者災害補償保険法一六条の二第一項は、婚姻の届出をした配偶者であっても、「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたもの」であることを要件としており、Bは遺族補償年金の受給要件を満たさないものである。また、Bの気持ちは尊重されてしかるべきではあるが、同条は、労働者の死亡によって失われた同人に扶養されていた家族の被扶養利益を補てんすることを目的とするものであり、Bの気持ちを尊重して原告の受給権を否定することは、労働者災害補償保険法の制度の趣旨を損なう結果となる。
 したがって、右の各事情は、前記の判断を左右するものではないというべきである。