全 情 報

ID番号 07192
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 丸一商店事件
争点
事案概要  解雇ではなく任意の退職であるとの使用者の主張につき、残業手当請求権を放棄するか、退職するかを迫ったものであって、実質的には解雇の意思表示であるとして、解雇予告手当の支払が命ぜられた事例。
 職業安定所における求人票には「退職金有り」の記載があり、求人票記載の労働条件は特段の事情のない限り労働契約の内容になると解すべきであり、その額については中小企業退職金共済法における最下限の額とすべきとされた事例。
 退職に際し、事務引継ぎを行わなかったことが退職金請求権を失わせるほど重大な非違行為ではあるとはいえないとされた事例。
参照法条 労働基準法15条
労働基準法20条
労働基準法89条1項3の2号
職業安定法18条
体系項目 労働契約(民事) / 労働条件明示
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
解雇(民事) / 解雇予告手当 / 解雇予告手当請求権
裁判年月日 1998年10月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 2117 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例750号29頁
審級関係
評釈論文 古川陽二・法律時報72巻4号111~114頁2000年4月
判決理由 〔解雇-解雇予告手当-解雇予告手当請求権〕
 原告は、Aが今後残業代は支払えないと告げたのに対し、それではやっていけないと考え、自ら退職の意思表示をしたものと一応はいうことができる。しかしながら、Aの発言は、残業手当の請求権を将来にわたり放棄するか退職するかの二者択一を迫ったものであって、かかる状況で原告が退職を選んだとしても、これはもはや自発的意思によるものであるとはいえないというべきであり、右Aの発言は、実質的には、解雇の意思表示に該当するというべきである。かように解しないと、使用者は、従業員に対し、労基法に違反する労働条件を強要して退職を余儀なくさせることにより、解雇予告手当の支払を免れることができることになり、相当でないからである。〔中略〕
〔労働契約-労働条件明示〕
 ところで、求人票は、求人者が労働条件を明示したうえで求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきである。そして、前記認定の事実に照らせば、原告と被告の間で雇用契約締結に際し別段の合意がされた事実は認められず、戎野も退職金を支払うことを前提とした発言をしていることに鑑みると、本件雇用契約においては、求人票記載のとおり、被告が退職金を支払うことが契約の内容になっていたと解される。
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 本件では、求人票に退職金共済制度に加入することが明示されているのであるから、被告は、退職金共済制度に加入すべき労働契約上の義務を負っていたというべきであり、原告は、被告に対し、少なくとも、仮に被告が退職金共済制度に加入していたとすれば原告が得られたであろう退職金と同額の退職金を請求する労働契約上の権利を有するというべきである。かように解しないと、退職金共済制度に加入することが雇用契約の内容になっていたにもかかわらず、被告がこれを怠ったことによって、事実上退職金の支払を免れることになり、相当でないからである。そして、退職金共済制度としては、明示がない限り、中退金制度を指すものと解すべきである。この点について、被告は、求人票に記載された退職金共済制度は、商工会議所の共済制度を想定したものであると主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、商工会議所の共済制度の方が最下限の退職金額が低く、原告に不利であることが認められるところ、退職金共済制度に加入しなかったことにつき責任がある被告を利するのは相当でないので、原告に有利な中退金制度を前提とすべきである。
 なお、この点について、原告は、平均的な労働関係を前提とした退職金の計算方法に準拠すべきであるとして、(証拠略)を援用するが、これらは、退職金規定の一例ないしはひな形に過ぎないものと認められ、被告においてこれらの基準を適用すべき根拠がない。
 (二) 右見地から検討すると、掛金を自由に設定できる中退金制度においては、現実に加入していなかった以上、加入していた場合の退職金を仮定することは本来は不可能であるが、少なくとも、中小企業退職金共済法における最下限の掛金によって計算した退職金については、被告に支払義務があるということができる。
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 3 なお、被告は、原告が事務引継をせずに退職したことが、退職金不支給事由に該当する旨主張する。しかしながら、中退金制度に基づく退職金は、労働大臣の除外認定がない限り無条件に支給されるものである。また、前記のとおり原告の退職は被告の解雇によるものと解すべきであるから、原告に引継の義務があったとはいえない。さらに、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告が退職したころは事務員は三名いたため、原告が退職しても直ちに事務に重大な支障をきたしたことはなく、せいぜい最初のうちは帳簿の置き場所やコンピュータの操作方法が分からなかった程度であることが認められるから、実質的に見ても、原告が事務引継を行わなかったことが、退職金請求権を失わせるほど重大な非違行為であるとは到底認められない。