全 情 報

ID番号 07235
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 産業工学研究所事件
争点
事案概要  従業員兼取締役の退職金について、退職金規程に基づいて、勤続年数に兼務期間をも加えた退職金額と、実際に支払われた退職金額及び取締役退職慰労金の合計額との差額の支払が認められた事例。
参照法条 労働基準法89条3の2号
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 退職慰労金
裁判年月日 1998年10月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 1372 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例754号37頁/労経速報1694号25頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔賃金-退職金-退職慰労金〕
 このような取締役を兼務する従業員について、従業員部分の賃金や退職金と取締役部分の取締役報酬や退職慰労金とをいかに支給するかは、商法等の制限に反しない範囲で当該会社の運用に委ねられているというべきであるが、被告においては、前記認定のとおり、平成七年八月頃の役員会で審議した勉提案にかかる取締役退職慰労金規定の案でも、専業役員と社員役員とが区別され、社員役員の従業員部分退職金は退職金規定に基づいて支給されることが前提にされていたのであるから、右規定の適用範囲に兼務役員が記載されていることは、誤記や支給時期を記載したに過ぎないものでないばかりか、むしろ、兼務役員にも退職金規定がそのまま適用されることは、勉以下、当時被告の株主総会や取締役会を代行していた役員会の構成員に共通の理解であったと認められる。
 従って、別紙退職金規定は兼務役員に適用されることを予定していない旨いう被告の右主張は到底採用できない。
 (三) また、被告は、新慰労金規定によって、従来曖昧であった兼務役員の存在は否定され、従業員は取締役に就任することによって従業員たる地位を失い、以後は取締役としての処遇のみを受けることが明らかにされたと主張する。
 確かに、新慰労金規定は、Aから、取締役が従業員を兼務することはあり得ないとの発言がなされた後に作成されていること、新慰労金規定の算式では、兼務役員の退職慰労金についても従業員としての賃金部分を控除することなく退任時の報酬月額をもとにして退職慰労金を算定することとされていることなどからすると、新慰労金規定は、退職金規定が兼務役員の兼務期間に適用されることを排除する趣旨を有するものと解されなくはない。
 しかしながら、新慰労金規定は、退任時の報酬月額を退職慰労金算定の基礎としているとはいえ、これに役員係数を乗じることとされており、これが通常の取締役では〇・六と低く抑えられることによって、結局報酬月額の六割しか考慮されていないのであるから、実質的には従業員部分に支給される退職金との調整が図られているとも解されないではなく、新規定の制定によって、兼務役員に対する退職金規定の兼務期間適用排除が明らかにされたとは必ずしもいえないところである。
 しかも、退職金規定は、就業規則に基づいて制定されているところ(第一条)、前記のとおり、同規定の文言からは、兼務役員の兼務期間を勤続年数から排除すべき理由はないし、被告の役員会構成員の理解としても、同規定は兼務役員の兼務期間にも適用されると解されていたことが認められるのであるから、同規定どおり退職金を支給すべきことは、既に原被告間の雇用契約の内容となっていたものと解され、被告がこれを一方的に不利益に変更することは原則として許されないというべきである。しかるに、原告の退職金を同規定に従って算定すると、別紙計算書のとおり、一二三一万三九二四円となるところ、被告が新規定を適用した結果であるとして原告の退職にともなって支給した金額は、従業員退職金に取締役退職慰労金を加算しても八五四万三四〇〇円に過ぎず、入社日及び取締役就任月日の誤認があることを考慮しても、原告の不利益は明らかであって、退職金規定を、その文言に反してまで、被告が主張するように限定的に解すべき合理性は何ら認められない。
 この点に関して、被告は二重計算の不合理を主張するが、右のとおり退職金との調整は図られているとみるべき余地もあるうえ、仮に被告が主張するような不合理が生じるとしても、それは後に制定した新慰労金規定の内容に問題があるからであって、これを理由に被告が退職金規定の限定解釈を主張するものであるとすれば、それは本末転倒というべきである。
 また、退職金規定の付則では、同規定の改廃は社員代表者の意見を聞いて行うこととされているところ、このような手続もとられていない(尤も、影響を受けるのは、従業員を兼務している取締役であり、新規定が取締役会の議決を経ていることからすると、実質的には右にいう意見聴取がなされているとみることができないではないが、右取締役会の議決当時、原告は退職意思を表明していたのであるから、最も重大な利害関係を有していたと認められるにもかかわらず、前記認定のとおり、新慰労金規定の制定が原告に知らされることすらなかったのであり、原告が出席しない取締役会の決議が原告の意思をも代表するものであったとは認められない)。
 以上のとおりであり、新慰労金規定の制定が、被告が主張するように退職金規定を兼務役員の兼務期間に適用しないことを明らかにしたものであるとすると、実質的には合理性のない就業規則の不利益変更というほかなく、文言に反してまでそのように解しなければならない理由は認めれず、右被告の主張は採用できない。
 (三)(ママ) 退職金規定による原告の退職金は、前記のとおり、一二三一万三九二四円であり、これに対して被告が支給した退職金は五〇六万三四〇〇円であるから、七二五万〇五二四円が未払いであり、同規定第九条一項によれば、退職金の支給は退職後一か月以内とされており、原告の退職日が平成八年八月一五日であるから、同年九月一七日には既に弁済期は経過しているので、未払退職金の一部である六六一万〇五二四円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求は理由がある。