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ID番号 07291
事件名 地位確認等請求事件、同反訴請求事件
いわゆる事件名 フィリップ・クワーク事件
争点
事案概要  原告が同意なく給与を減額されたとするのに対して、勤務状況が不十分であるため、本人が同意した上で、給与を減額し、試用期間が延長されたものと判断された事例。
 原告による解雇無効の主張につき、本件では原告が自主退職したもので解雇ではないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法627条
体系項目 労働契約(民事) / 試用期間 / 試用期間の長さ・延長
退職 / 任意退職
裁判年月日 1999年3月1日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 13017 
平成10年 (ワ) 27195 
裁判結果 棄却(13017号)、一部認容、一部棄却(27195号)
出典 労経速報1706号17頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-試用期間-試用期間の長さ・延長〕
 (一) 給与減額支給についての同意の存否
 前記一3ないし4認定のとおり、被告は、原告の勤務開始後三か月の試用期間中、原告の勤務状況が不十分であると認識していたこと、被告の原告に対する給与の減額支給の開始が試用期間満了日の平成九年二月一〇日以降分から行われていること、原告は、平成九年二月分の給与の支給を受けた同月二五日ころ、ただちに給与額についての異議を述べていないこと及び被告は平成九年二月一〇日、被告事務所の経理担当職員に対し、原告が給与の減額支給に同意したことを連絡すると同時に減額分を後にボーナスで支払うことができるようにしておくように指示しており、原告にとって利益となる扱いも電子メールで連絡していること等を総合すれば、被告は、平成九年二月一〇日の原告の試用期間満了時に、原告の勤務状況は不十分であるが、本件雇用契約を解除する措置はとらずに試用期間を延長し、これに伴い原告の給与も減額して支給することとしたが、原告は右試用期間の延長及び給与の減額支給について事前に同意していたことから、二月分の減額された給与の支給についても異議を述べなかったものと認められる。
 これに対し、原告は、被告が原告の同意なしに、原告の給与を一方的に減額したと主張し、これに沿う原告本人尋問及び原告の陳述書も存在するが、これらの証拠は前記の各認定事実に照らして採用することができず、他に右認定を覆す証拠はない。
 したがって、平成九年二月分及び三月分の給与について、支給額が不足しているとする原告の未払給与請求は理由がない。
〔退職-任意退職〕
 (二) 被告の原告に対する解雇の意思表示の有無
 前記一6ないし13認定のとおり、平成九年二月二七日、Aと原告がホテルのレストラン・バーで二人だけで本件話合いを行った翌日以降、原告は、被告事務所に出勤せず、長期の休暇で海外に旅行し、休暇が明けた後も被告事務所に出勤しなかったこと、原告は、Aとの本件話合いの後、ただちに本件雇用契約の当事者である被告に対し異議を述べたり、交渉したような事実も認められないこと、また、Aは、同年三月二一日付けで、原告に対する三月分給与の支払や原告の健康保険及び事務所の物品の返還等について記載した書面を送付したところ、原告は、同月二四日、Aに電話をし、被告が支払うとした金額には不満があると告げた上、被告に対し平成九年四月一三日付けの手紙(書証略)を出したが、その内容は、原告に対する支払額につきAが手紙で提示した条件には同意しないことを主眼とし、被告から解雇されたとか、不当解雇若しくは解雇無効の主張又は被告事務所への復職の希望等については一切触れられていないこと、さらに同じ四月一三日に、原告は再就職先のB会社と接触して就職に関し交渉を行ったことの各事実が認められ、これらの事実を総合すれば、原告は本件話合い時に、Aに対し、自ら退職するとの意思表示をし、これに伴い翌日以降被告事務所に出勤しなくなり、その後も雇用契約終了に伴う金銭条件について被告と交渉を行っていたものと認められる。
 これに対し、原告は、原告が任意退職したとすれば、後日の紛争を避けるため、退職した旨の書面が作成されてしかるべきであるのに、そのような書面が作成されていないこと、被告が原告を解雇したのは、本国事務所から原告よりも給与の低い弁護士が派遣されることとなったためであること、さらに、平成九年二月二七日の時点では、約五〇日後の四月一七日には原告の在留期間が切れる状態で、かつ、原告が別の賃貸マンションへの転居により多額の出費をした時期であり、そのような段階で再就職先も決めずに自主退職することはあり得ないことを挙げて、原告は自主的に退職したのではなく、被告に解雇されたものであると主張し、これに沿う原告本人の供述及び陳述書も存在する。
 しかし、前記認定のとおり、原告と被告間の雇用契約締結の際も双方が署名した雇用契約書は作成されておらず、過去に被告事務所の勤務弁護士が任意退職した際にも書面を作成する扱いとはなっていなかったこと、また、前記(一)認定のとおり、原告と被告は、平成九年二月一〇日、原告の試用期間を延長し、その間給与を減額して支給することに合意した事実が認められ、被告において、原告の業務遂行状況が不十分であることについて当面の対応策を講じた直後であったこと、他方、被告は、二月二八日、新たに原告のために原告が転居する賃貸マンションの保証人になったこと等からすれば、平成九年二月二七日の時点で、被告にとって原告を解雇することに合理性はなかったものと認められ、前記原告の主張に沿う証拠は採用することができず、本件記録上、被告が原告に対し解雇の意思表示をした事実を認めることはできない。なお、被告事務所に本国事務所から原告より給与の安い弁護士が派遣されることになったとの原告の主張については客観的な証拠は存在せず、そのような事実を認めることはできない。
 また、原告は、Aが原告に宛てた手紙(書証略)の「試用期間中にもかかわらず雇用契約終了通知のかわりに一か月分の給与の支払をする」との記載内容について、これは、雇用契約の終了通知を行う使用者が、予告期間をおく代わりに、一か月分の予告手当を支払うという趣旨であるから、右記載により被告が原告を解雇した事実が裏付けられるとする。しかし、前記認定のとおり、Aは、雇用契約終了についての条件確認のために(書証略)を作成したものと認められ、解雇通知の代わりに一か月分を支払うとの記載については、延長後の試用期間中の原告には本来は予告期間に関する規定は適用されないが、これを適用することとし、さらに自主退職という原告から雇用契約の終了を通知する場合ではあるが、一か月の就労を免除するとともに、その間の一か月分の給与を支払う恩情的な取扱いをすることを明らかにしたものであるとしている(証拠略)。すなわち、(書証略)を作成したAとしては、雇用契約の終了通知をした原告に対し、一か月の勤務を免除するが、その間も給与は受給できるとした趣旨であるとしており、(書証略)の内容をそのように理解することが文言上矛盾するとはいえないから、(書証略)の記載内容により、原告が自主的に退職したとの前記認定事実が覆されることはないというべきである。
 (三) そうすると、被告から解雇されたことを前提とする原告の未払給与及び精神的損害に対する慰謝料の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。