全 情 報

ID番号 07297
事件名 地位保全金員仮支払仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 ヤマヨ運輸事件
争点
事案概要  貨物自動車運転手による交通事故を理由とする懲戒解雇につき、運転手にも注意義務違反が認められるが、運転手の過労ないし睡眠不足ひいては会社の運行計画に無理があったものと推定されるとし、本件交通事故の原因は会社の安全衛生に対する配慮義務に不十分な点があったことに起因しており、右懲戒解雇は無効とされた事例。
 右交通事故を発生させたことが普通解雇事由であるとの主張につき、疎明が不十分であるとされた事例。
参照法条 民法415条
労働基準法2章
労働基準法89条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
解雇(民事) / 解雇事由 / 道交法違反
裁判年月日 1999年3月12日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 平成10年 (ワ) 3744 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労経速報1701号24頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 1 まず、自動車運送事業において、経営秩序を維持するために、交通事故を惹起した従業員たる運転手らに対し制裁として不利益を課し、当該従業員または他の従業員に対する戒めとする必要がある場合でも、懲戒処分をなしうるのは、交通事故が専ら従業員の故意、過失によるなど従業員の責めに帰すべき事由に起因する場合に限定され、労働契約関係に伴う信義誠実の原則から要請される労使双方の義務履行状況すなわち、従業員側において自動車運行上誠実義務、注意義務を尽くしたかどうか、使用者側において安全衛生に対する留意義務、配慮義務などを十分尽くしたかどうかなどを相互に公平に判断し、その結果なお交通事故の真の原因が主として従業員の領域に属する場合であって、企業秩序ないし労務の統制維持の観点からみて必要であると解される場合に懲戒権の行使が許されるというべきである。なぜなら、今日の交通環境、労働環境のもとにおいては、自動車運送事業の従業員たる運転手らが業務上交通事故を惹起し、使用者に対して損害を与えたからと言って必ずしも、従業員の不誠実な業務遂行の結果であり、直ちに従業員の債務不履行ないし信頼関係破壊行為を構成するとまでは言い得ない場合があるからである。したがって、債務者の就業規則五七条七号、同条九号の「故意または重大な過失」の文言、同規則五七条八号、同条一五号は、前記趣旨にしたがって解釈するのが相当である。
 2 そこで、本件について検討するに、本件事故は、債権者が、本件事故現場付近を通行するにあたり、前方や周辺の状況を注視して進行すべき注意義務を怠り漫然と進行した過失により物損事故を起こした事案といえる。また、前件事故も、債権者には右同様の注意義務違反があったといえる。
 一方、前項一の1、3、4で一応認められる債権者の本件事故直前の勤務状況、債権者と同職種の従業員の勤務状況や、債務者の指導にもかかわらず、約八ヶ月間に、本件事故及び前件事故以外に、債権者と同職種の従業員により本件事故と概ね同態様の追突事故七件を含む無視できない数の交通事故が発生していることなどを総合すれば、債権者の注意力散漫による注意義務違反を招いたのは債権者の過労ないし睡眠不足ひいては債務者の運行計画に無理があったことにもよるものと推認され、したがって本件交通事故の原因は債務者側の安全衛生に対する配慮義務に不十分な点があったことに起因することを否定できず、本件事故発生の主たる責任が債権者に存するということはできないというべきである。
 また、債務者は、債権者は深酒をして業務につくなど、運転業務に従事するには不適格であると主張するが、これを一応にしろ認めるには疎明が不十分であり、債務者の右主張は採用できない。
 なお、債務者は、債権者が本件事故当時に本件車両に装着してあったタコメーター用紙を隠匿していると主張する。しかし、債権者は本件事故後救急車により病院へ搬送され、平成一〇年一一月一一日まで入院していたこと、本件車両は債務者により廃車処分とされていることなどを総合考慮すれば、右タコメーター用紙が存在しないという事実から直ちに、債権者が右用紙を破棄ないし隠匿したとまで推認することはできないし、他にこれを一応にしろ認めるに足る疎明はないと言わざるを得ない。
 3 以上によれば、債権者の所為は、債権者に過去に事故歴があることを考慮しても、就業規則五七条七号、八号、九号、一五号に該当するとまでは言えず、債権者に対してなされた債務者の本件解雇処分は就業規則の適用を誤り、懲戒解雇事由がないにもかかわらず行われたものというべきである。
〔解雇-解雇事由-道交法違反〕
 債務者は、債権者の所為は普通解雇事由に該当すると主張するが、これを認めるには疎明が不十分であるし、その他これを一応にしろ認めるに足る疎明はない。
 なお、債務者は債権者は深酒をして業務につくなど、運転業務に従事するには不適格であると主張するが、これを一応にしろ認めるには疎明が不十分であることは前判示のとおりである。