全 情 報

ID番号 07303
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 世良工業事件
争点
事案概要  労働者と被告会社との間で、生命保険契約付保規定により保険金が会社に支払われた場合には、その全部又は一部を遺族に対する死亡退職金又は弔慰金の支払に充てる旨の合意が成立しているとして、その金額は二五〇〇万円が相当とされた事例。
 本件請求権は労働契約とは別個に独立した合意であり、労働基準法一一五条の適用はなく、消滅時効は一〇年とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法115条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
賃金(民事) / 退職金 / 死亡退職金
雑則(民事) / 時効
裁判年月日 1999年3月19日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 2621 
裁判結果 請求一部認容、一部棄却(確定(控訴後取下げ))
出典 時報1688号169頁/金融商事1069号39頁/労働判例762号28頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
〔賃金-退職金-死亡退職金〕
 1(一) 前記前提事実によれば、Aと被告との間では、本件付保規定により、本件契約によって保険金が被告に支払われた場合には、その全部又はその相当部分を、Aの遺族に対する死亡退職金又は弔慰金の支払に充てる旨の合意が成立したものと認められる(本件合意)。そして、被告代表者本人によれば、被告には従業員が死亡した際に死亡退職金や弔慰金を支払う旨の規定は存在しないことが認められるから、結局のところ、被告は、本件合意によって、Aが死亡した場合には、被告が、Aの遺族に対し、本件保険金を原資として死亡退職金又は弔慰金を支払う旨約したものとみるべきである。
 したがって、被告は、本件合意に基づき、原告らに対し、本件保険金を原資として、死亡退職金又は弔慰金を支払う義務を負う。〔中略〕
 その具体的金額は、付保規定の趣旨目的、被告が受け取った保険金の額、被告が支払った保険料、税金その他の諸経費の額、Aの在職年数等を総合的に勘案して決するほかないが、そもそも他人を被保険者とする生命保険は、保険が賭博的に悪用されたり他人の死亡を期待して保険事故を招来したりするおそれを内包するものであり、従業員の死亡によって使用者が大きな利得を得る結果となることは相当ではないこと、付保規定は、かかる弊害を防止するために定められるもので、本件付保規定においても保険金の全部又は相当部分を支払うものと明記されていることに照らすと、原則としては、被告が受け取った保険金の額から被告が支出した費用の額を控除した金額を死亡退職金又は弔慰金の額と解すべきである。
 右見地から検討すると、(証拠略)によれば、被告が支払っていた保険料は、月額二万六〇一〇円であることが認められるから、被告は、平成二年八月からAが死亡する前月である平成三年九月までの間、少なくとも三六万四一四〇円の保険料を納付したことが推認される。また、(証拠略)及び被告代表者本人によれば、本件保険金の取得に伴い、被告は、計算上合計二四五五万八七〇〇円の税金の納付義務があることが認められる。もっとも、被告代表者本人は、被告は当時赤字であったかもしれず、右税金を実際に納付したかどうかは記憶にない旨供述していることに照らすと、被告が現実に右税金を納付したものかは極めて疑わしいけれども、右税金の額は、原告らが取得することのできる保険金の額を定めるに当たり斟酌すべきである。そして、(証拠略)によれば、被告が受け取った保険金の額は五〇〇四万〇一五四円であることが認められる。
 これらの事情を考慮すると、被告が原告らに対し支払うべき死亡退職金又は弔慰金の額としては、二五〇〇万円が相当である。そして、この額は、Aの勤続年数が五年程度であることからすれば、不相当に高額であることは否めないが、前述したような付保規定の趣旨及び他人の生命保険にみられる弊害、特に本件では既に従業員でない者の死亡によって被告が利得することを認める必要性は全く存しないこと等を考慮すると、やむを得ないものというべきである。〔中略〕
〔雑則-時効〕
 原告らの被告に対する本件請求権は、労働契約とは別個独立した本件合意に基づく死亡退職金又は弔慰金の請求権であるところ、かかる請求権は労働基準法一一五条にいう賃金又は退職金の請求権には含まれないと解すべきである。
 また、従業員を被保険者とする生命保険への加入及び本件合意は、これが企業における従業員の福利厚生の一環として制度的に運用されている場合は格別、原則として営業のためにするものとは解されず、特に本件のように従業員が退職した後については、従業員の福利厚生を目的とする余地はないのであるから、付属的商行為には該当しないというべきである。したがって、本件請求権の消滅時効期間は一〇年であり、被告の消滅時効の主張は理由がない。