全 情 報

ID番号 07307
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 東京製鉄九州工場・北九州西労働基準監督署長事件
争点
事案概要  ペンダント作業に従事していた労働者に高度ないし活動性の冠状動脈硬化があったことは確定できず、急性心筋梗塞による死亡は右作業に起因するものであるとして、右死亡を業務外と判断した労基署長の決定が取り消された事例。
参照法条 労働基準法75条2項
労働基準法施行規則35条別表第1の2第1~8号
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1999年3月25日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行コ) 13 
裁判結果 棄却(上告)
出典 労働判例761号96頁
審級関係 一審/06856/福岡地/平 8. 9.25/平成4年(行ウ)1号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 亡Aの血清総コレステロール値は二六五mg/dlであって、中等度でも軽い方の数値であり、しかも、高脂血症はこれが長期間継続すれば冠状動脈硬化を促進することになるが(〈証拠略〉)、亡Aの右数値は本件災害の約二年前である昭和五八年四月三〇日当時のものであって、これが継続した期間は不明である。〔2〕亡Aの血圧は正常であって、肥満度は正常値である(〈証拠略〉参照)。〔3〕亡Aは心電図異常(房室性期外収縮)を指摘されているが、右の心電図異常は健常者でもストレス等によって出現するもので、治療の対象とはならないものであって(〈証拠・人証略〉)、むしろ、昭和六〇年四月一二日という本件災害に近接した時点の心電図検査では、冠状動脈硬化を窺わせるような異常は指摘されていない(〈証拠略〉(医師B作成の昭和六二年一月一九日付け意見書)には、右心電図から房室解離を認める旨の記載があるが、右の心電図検査当時には指摘されておらず、C医師、D医師及びE医師も指摘していないところであって、直ちには、右所見を採用することはできない。)。〔4〕亡Aは社内の山岳部に所属し、本件災害の一か月前である昭和六〇年八月ころにも、同僚と一緒に久住山(登山に数時間を要する標高約一七〇〇メートルの山である(〈証拠略〉)。)に登っているが(〈証拠略〉)、その際、亡Aが体調の異常を訴えたという事実を認め得る証拠はない。以上の事実に照らすと、前記のC医師、D医師及びE医師の各所見を直ちに採用することはできず、本件災害当時、亡Aに高度ないし活動性の冠状動脈硬化があったことを確定することはできない。
 三 亡太郎の就労状況と作業環境
 1 証拠(〈証拠・人証略〉、原審における検証)によれば、以下の事実が認められる。
 (一) CCMの勤務時間は三交替制であるが、欠勤者がある場合には連続勤務をすることがあり、本件災害当時、毎月平均二、三回の連続勤務が行われていた。亡Aの本件災害前一〇日間の勤務は、〔1〕昭和六〇年九月九日・二直勤務、〔2〕同月一〇日・二直勤務、〔3〕同月一一日・二直勤務、〔4〕同月一二日・公休、〔5〕同月一三日・一直勤務、〔6〕同月一四日・一直勤務、〔7〕同月一五日・年休、〔8〕同月一六日・公休、〔9〕同月一七日・一直勤務、〔10〕同月一八日・一、二直連続勤務というものであった。そして、亡Aは、同日、午前五時三〇分ころ自宅を出て午前五時五三分に出社し、右の連続勤務を終えた後、午後一〇時四五分に退社して午後一一時二〇分ころ帰宅し、翌一九日(本件災害日)、午前二時ころ就寝して、一直勤務のため、午前五時三〇分ころ自宅を出た。
 (二) 本件作業現場では、本件災害当時、溶鋼の器であるタンディッシュに防熱カーテンが設置され、作業場の〔1〕真上と〔2〕右上後方にそれぞれ送風口が設置されて、〔1〕の送風口からは冷風が、〔2〕の送風口からは送風のみが吹き出ていた(本件災害後、〔2〕の送風口からは冷風が吹き出るようになった。)。ペンダントマンは、不燃性の作業服の下にエプロン型の防熱服を着用するほか、手袋、ヘルメット、保護面、防塵マスク及び安全靴を着用し、防熱服と手袋の表面にはアルミ加工が施されていた。
 (三) ペンダントマンは、実作業が終了して休憩時間に入ると、CCM操作室の冷房機の吹出し口の前でしばらく体を冷やし、体が冷えると、冷風のあたらない右操作室か休憩室のどこかで休憩を取っていた。
 (四) 本件災害後、アスマン式通風乾湿計と黒球温度計(輻射熱測定器)により、本件作業現場の気温等を測定した結果は次のとおりであった。すなわち、〔1〕昭和六二年九月七日と翌八日は、気温三〇℃、輻射熱三六℃、湿度五一%で、〔2〕平成四年一〇月六日(原審における検証時)は、一回目が気温二五・六℃、輻射熱三〇℃、湿度七四%、二回目が気温三九℃、輻射熱五八℃、湿度八二%(ただし、一回目の輻射熱と二回目の気温は、前者につき風を遮断せずに黒球温度計を使用した点、後者につき風を遮断してアスマン式通風乾湿計を使用した点でいずれも測定方法を誤っており、採用できない。)で、〔3〕平成九年七月四日は、気温三二・八℃又は三三・六℃、輻射熱四一℃又は四五・五℃、湿度五七・五%又は六二%であった。また、〔3〕の測定時、外気温は三五℃で、CCM操作室内の気温は二三・五℃であった。
 2 右(三)の事実は、ペンダントマンであったF(原審証人)及びG(〈証拠略〉)の各供述により認定するものであって、前記第二の一の2(一)のとおり、本件災害時の亡Aの行動とも一致しており、ペンダントマンが暑熱の中で本件作業に従事していたことを示すものである。このことは、右(二)及び(四)の事実をもってしても否定することはできない。右事実と、前記第二の一の1(三)の本件作業内容及び原審における検証の結果を総合すると、本件作業は身体を暑熱と冷気にさらすことを繰り返す精神的、身体的負荷を伴う作業であったものと認められる。そして、外界の温度の上昇・下降が血流量を変動させ血圧の低下・上昇を引き起こすこと(〈証拠略〉)や、右(一)のとおり、亡Aが本件災害前日に一六時間の一、二直連続勤務を行い、翌日には一直勤務に従事するという長時間勤務に服したことをも併せ考えると、二回目の休憩の際、亡Aが暑熱の本件作業現場から冷やされたCCM操作室に入室することは、心臓への負担を急激に増大させるものであったと推認できる。
 四 以上の事実によると、亡Aに高度ないし活動性の冠状動脈硬化があったことは確定できず、しかも、本件作業は亡Aの心臓への負担を急激に増大させるに足りるものであったから、亡Aの急性心筋梗塞は本件作業を原因として発症したものと認めることができる。そして、本件作業以外に急性心筋梗塞を発症させる有力な原因は認められないから、本件作業と本件災害との間には相当因果関係が認められ、本件災害は業務上の死亡ということができる。